No.16  シャム双生児





今の自分と幼い頃の『江流』と名乗っていた自分をが見て比べると、

どんな風に違うのだろうと思った。

自分の中では『江流』も『三蔵』も同じで、何も変わってはいない。

そこには時間の経過があるだけのように思う。

でも 子供から大人になった分だけは何かを忘れて捨ててしまっているだろうし、

きっと大人として嫌な部分も身に付けてしまっている。

『江流』の頃の自分を望んでいたに、今の『三蔵』の自分も望まれたい。

そう願っていたからこそ、すぐには自分が『江流』であることを明かさなかった。

それは自分がのことを望んでいたからに他ならない。

比べられても困るが、遠い記憶はきっと美化されているに違いない。

病気の所を救ってくれたというだけでもかなり高得点だ。

それなのに、救急車や処置室でも付き添い手を握って励ましたのだから・・・。





小さい頃のはそれは可愛い女の子だったと記憶している。

大人ばかりのしかも修行僧に囲まれた中で育った俺は、

かなり冷めた憎たらしいガキだった筈だ。

女の子になんて興味もなかったし、話しかけられても無視していたように思う。

1週間ほどとはいえ預けられた家に居たと仲良くなって、

話したり勉強したりしたのは非常に珍しい事だった。

意識はしていなくてもそれだけが自分の好みの女の子だったということだろうか?






を望んでいる男など、それこそはいて捨てるほど存在するだろう。

現に、Private Detective ZEROにさえ自分の他に3人の男が居る。

悟浄と悟空はさすがにあきらめたような素振りで見ているが、

八戒だけはあの飄々とした笑顔で隠しているだけで、いまだにのことを

特別視しているのは分る。

それは分ると言うよりも自分にだけ分るように見せていると言った方が正しい。

そんな器用な真似は、八戒で無ければ出来ない芸当だ。

それを見せられるたびに、いい加減にしろと言いたいところだが 

口では勝てそうにないので、やめておく。





戦う前から俺の戦意を喪失させる男がもう1人。

それが他ならぬ自分の幼少期なのだとしたら、なかなか手強い。

は『三蔵が江流君なら、今までの気持ちに+αで良いと思う。』と言ってはいたが、

俺から見れば『江流』への気持ちと『三蔵』への気持ちは明らかに違うように思う。

それを一緒にされて向けられたのでは、正直言って困るのだ。

10歳の男の子への愛情や思慕は、思い出の中で育ててきただけあって

少女趣味の恋物語のように甘くて綺麗なものだろうと想像できる。

だが、23歳の男にそんな綺麗な恋愛など出来ない。





休日に上の階からやって来て一緒に取ったお昼の後片付けをしているは、

何もない殺風景なキッチンでも可愛く見える。

本人は背も高くて『可愛い』なんて形容詞は似合わないと思っているらしいが、

俺から見れば充分に可愛い。

まあ、口には出すことはないが・・・。

水音で聞こえないのをいい事に背後にそっと近寄って、腕を腰に回した。

「あっ、もう三蔵ったらびっくりするじゃないですか。

もう少しでお皿を落としすところでしたよ。

さあ、もう少しで終わりますから、あっちで待ってて下さい。ね?」

笑顔でそう言われてしまえば、渋々ながらも腕を離して移動しなくてはならない。

その辺の俺を操縦するやり方は、何処か八戒を思わせる。

入れ知恵されているのだろうか?

それに今の一言に『いい子ですから・・・』と、言葉にならないまでも付け足されているような

気がするのは思い込みすぎだろうか?




同じ男でも『江流』と『三蔵』では扱われ方も違うだろうが、

俺が『江流』だと打ち明けてからのの態度や言葉遣いは、

どことなく年下の男の子へ向けられるようなものが混じっている。

それが原因というわけでもないが、なかなか大人の男女の関係になれない。

多分にが初めてだろうというのもあるだろうが、

俺としては八戒や『江流』の手前出来るだけ早くそうなりたい。





片づけを終えてがリビングへやってきた。

手にしたトレイにはコーヒーの入ったマグカップが2客乗っている。

トレイをその手から受け取ってテーブルに置くと、手を引いて胸元に引き寄せた。

髪から柔らかな香りがして鼻腔をくすぐる。

「こんな日は昼寝がしたくなりますね。」

窓から空を眺めて、が心地良さそうに瞼を閉じた。

「悪くねぇな。」

もちろん、違う意味でだ。

立ち上がってを連れて寝室へと向かう。

「何処へ行くんですか?」なんて言いながら、後から手を引かれて着いてくる。

ドアに手を掛けたところで、意図するところを感じたのかの足がぴたりと止まった。

「こういう昼寝は初めてか?」

俺の意味深な問いかけに、黙って頷く。

「嫌か?」

此処で嫌だと言ったら、大人しく引くつもりで問いかける。

無理強いまでして欲しいとは思っていない、今日が駄目でもまた誘うつもりだから。

初めての時くらいはの気持ちを優先してやりたいと思っているだけだ。

慣れれば少しくらい強引にことに及んでもそれが男らしいと言われる事もあるが、

今はそんな事をしたら恐怖を与えかねない。




俯いて考えているようだったが、顔を上げると「一緒にお昼寝します。」と、

小さな声で伝えてきた。

髪の隙間から見える頬は触ると火傷するかもしれないほど染まっている。

つないでいた手に力を入れて抱き寄せてドアの内側にそっといざなった。

カーテンを引いている部屋は、薄暗くそれほどの羞恥心を覚えないかもしれない。

ベッドに背を向けさせて腕の中に抱きしめる。

少し震えているのが伝わってくる。

落ち着けるように何度も背を撫でてこめかみや髪にキスを落とす。

少しづつ肩から力が抜けてくるのを感じた。

怖がらせる事だけはしたくない。

、俺と『江流』は確かに同じ人物だ。

名前は変わっても繋がっている。

でも の記憶の中にいる『江流』と俺は違うということを知って欲しい。」

耳元で出来るだけ優しく囁いてやる。




腕の中でがコクンと頷いた。

「『江流』ではない『三蔵』を教えて下さい。

今の三蔵の全部を・・・・。」

そう言って見上げると、瞼を閉じた。









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