NO.14 ビデオショップ





金曜の夜。

決まったようにこのお店に足を運んでしまう。

土曜と日曜に見る映画を借りるためだ。

八戒に下りた辞令の赴任先は遠い街の名前で 毎週会う事はかなわない距離。

覚悟していたこととはいえ 週末は少し寂しいだった。

毎日のメールのやり取り、2〜3日に1回の電話、八戒は忘れずに必ず返してくれるし

が出来ない時には 向こうから気遣ってくれる。

そして 不安な気持ちを静めてくれる八戒の言葉。


、愛しています。

僕が 好きなのは 貴女だけですよ。』


そう 電話口でもメールの末尾でもに言葉を忘れない。





1ヶ月に1回会えるか会えないかだが 我がままを言ってはいけない、

八戒を困らせてはいけないと なりに思って週末の寂しさを過ごす。

だから 借りる映画はどうしてもハッピーエンドのラブロマンスになってしまう。

現実には全ての恋や遠距離で離された恋人達が 幸せになる事は無い。

むしろ 距離や時間に負けてその恋を終わらせるほうが多いだろう。

悲しい結末を見て 自分まで悲しくはなりたくない・・・なりの自衛手段だ。





決して悲劇のヒロインを気取るつもりは無いし そんなものに浸るくらいなら

次に八戒にあった時のために 自分を綺麗にする方がよほどためになるとは思う。

そんな気持ちから 映画を見る以外にも茶道やフラワーアレンジメント、

英会話のレッスン 家庭料理の教室なんかに通って自分を忙しくさせている。

内側から出るオーラでも八戒を虜にしたい・・・・同じ点数を取れる女なら

より選ばれる女になりたい。

八戒がただの外見や身体や色気なんかで 女性を選ばないことをはよく知っている。

でも その人たちと並んでも見劣りしない女になっていたいとは思う。

だから 自分なりにではあるけれど 外側を磨くことにも自然熱心になるのだった。





お店の中を 借りるビデオを探してうろうろしていると 

「映画お好きなんですね、よくこの店でお見かけします。

お勧めのラブロマンスがあったら教えて下さいませんか?」と

1人の男性がに声をかけて来た。

がその人を振り返れば 言われるとおり何度も見かけた顔だった。

軽く会釈を返して「好きな女優さんはいますか?」と聞き返した。

ラブロマンスと言うジャンルは それこそ女優の数だけあるといってもいい。

内容も大事だろうが 好きな女優がいればその人の主演映画を教えてあげようと

は思ったのだった。

「よく分からないんですが・・・そうですね メグ・ライアンなんか好きです。」

それに軽く頷いて はその女優のコーナーへと移動した。





「ロマンス派の代表的な女優さんですから 作品は多いですよ。

これなんか新しいですけどどうですか?」

棚から抜き取って差し出したビデオは『ニューヨークの恋人』

タイムスリップした貴族の男性との恋物語。

「貴女のお勧めは どれ?」それを受け取りながら 男性は尋ねてきた。

そうですねぇ〜とつぶやいて が手に取ったのは『ユウガット・メール』

今のの気持ちを代表するような映画を つい選んでしまった。

「この映画は ハッピーエンドですし、途中少し切なくてとてもいいと思います。

お勧めと言うよりも 私が好きなんですが・・・・。」

それを聞いて微笑んだ相手は ビデオを持つの手ごとビデオを優しく握った。

「映画のお話をもっと聞かせてくれません?

よかったらお茶でもしながら・・・奢りますよ。」







その言葉にナンパだったんだと は初めて気が付いた。

握られた手と相手の男性を見ながら どうやって断ろうかと思案する。

ここにはいないけれど には想い想われる八戒という相手がいる。

寂しい週末を過ごしているからと言って 八戒以外の人を欲しいとは思わない。

寂しさを紛らわせるための代用品を 必要とは思わない。

むしろ 寂しくていいのだとは思う。

八戒が好きだから 八戒を求めているから寂しくて 切ないのだから・・・・。

「ごめんなさい、映画の案内が必要でしたら 他をあたって下さい。

私には決まったロマンスの相手がいるんです。

その人以外からの甘い言葉やメールは 受信拒否なんです。」

握られた映画のビデオに引っ掛けて 断りの言葉を伝える。






「せめて読んでからの削除でもいいでしょう?

ウィルスは乗せてませんよ。」

男性の手からビデオと自分の手をなんとか取り戻して はどう断ろうかと思った。

「彼女のメール検索を通過できるのは僕だけなんで、安全なメールでも

受信拒否なんです。」

の後ろから ここに居るはずの無い人物の声が聞こえた。

何かを話そうとしたの腰に手を回して 所有権をあからさまに示すと

微笑んではいるものの眼光鋭い八戒は その男性を威圧した。

「残念です、お手間を取らせました。」

選んであげたビデオを棚に戻して その人は立ち去った。

それを見送ると安堵の息を吐いて 八戒は腰に回した手を解いた。






「まったく油断もすきもないですね。

? どうかしましたか。」

何かを話そうとして固まったままになっているを 八戒の優しい瞳が見下ろした。

「どうかしましたかって 八戒こそどうしたの?」

スーツ姿で手にはカバンとボストンバックを提げた八戒に は問い返した。

「はい、月曜からこちらに出張なんで 来ちゃいました。

の所に行こうと前を通ったら メールに毎週金曜の夜にはビデオを借りに

出かけるってあったのを思い出しまして ちょっと覗いてみたんです。

覗いてみて良かったです。

その手にしているビデオ借りましょう、のお勧めなんですよね?」

八戒に促されてビデオをレンタルし2人はの所に向かった。







「出張は何時まで?」

手をつなぐことさえ嬉しくて微笑ながら は八戒に尋ねた。

「実は金曜までなんですよ。

だから 来週の日曜日までこちらに居られます。

の所にそれまでいいですか?」

つないだ手の甲を引き寄せて 唇を寄せながら八戒が言う。

「答えなんか分かってるくせに!

他へ行くと言っても行かせないもん。」と 拗ねたように答えれば、

「僕も他には行きませんよ。を1人にするとさっきの様な奴に

連れ去られてしまうかもしれませんからね。

せめて傍にいる時くらいは 手出しをされないように

しっかりと見張っていないといけないですから。」

ニッコリ笑って を喜ばせる言葉が返ってきた。






「八戒、嬉しい。」

はその言葉に人気の無い路上で そっと八戒の胸に寄り添う。

手にしたカバンを降ろして 八戒はその柔らかな肢体を腕の中に抱きこんだ。

 今夜はお風呂済んでいるんですね 石鹸のいい匂いがします。」

しっとりした肌から立ち上る香りに 八戒が尋ねる。

「うん、涼みがてら出てきたの。」

「そうですか・・・・・じゃの所に着いたら ビデオの前にを僕に下さい。

そうじゃないとトム・ハンクスにまで 妬いちゃうかもしれませんから。」

首筋に八戒のキスを受けながら は黙って頷いた。
 









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27000番キリリク 千花様のリクで「八戒で 遠距離恋愛」がテーマでした。
千花様には リクの書き直しをお受け頂いてありがとうございました。
本当に嬉しいです。
ご希望通りに 書けているといいのですが・・・。