NO.12 ガードレール





古書の匂いが独特の雰囲気を醸し出す学校の図書室は、

のお気に入りの場所のひとつだ。

図書委員でもある彼女は、放課後は必ずといっていいほどそこで過ごす。

図書室では ホームワークを教えあう生徒や、静かに本を読む生徒など

人の出入りは結構多い。

そんな中で委員の女生徒に『光の君』と影で呼ばれる図書室常連の3年生が居た。

出典はもちろん『源氏物語』に他ならない。

だが 物語の光源氏と大きく違う事は、その人間関係だろう。

他人を寄せ付けず 口数も極端に少ない。

何処となく影があり それでいてその顔や瞳を正視出来ないほどの光を感じることもある。

友人と呼べる人は ほんの数人だろう。

男生徒でもそうなのだから 女生徒など相手にもされない。

だからこそ 遠巻きに見るだけだった。



その3年生、玄奘三蔵というのだが 彼には指定席がある。

いつも 窓辺の端の席に座り、なんだか難しい本を読んでいる。

読書をするときにだけ掛けられる眼鏡姿は、美丈夫な顔立ちにより怜悧さを加えて

女生徒たちの心をとらえる。

彼は が貸し出し返却を行うためのカウンターに座っているときにだけ

カウンターにやって来る。

他の委員の生徒が、自分も直接話したいと1週間カウンターに座り続けた事があったが、

その間 三蔵は一度としてカウンターには寄り付かなかった。

借りている本が返却期限を過ぎていても 戻されることはなく

仕方なくあきらめたその生徒に代わってが カウンターに座った途端に、

返却が行われる始末。




そこまでされると さすがに誰も本のことでは三蔵から気を惹こうとするのをやめた。

「ねぇ って玄奘先輩に何か特別のことをしてるの?」

不思議に思った委員の1人がに尋ねた。

は心当たりがないか考えてみたが、何も浮かばなかったので

「ううん。」と首を横に振った。

本当に何も無い・・・・と、は思った。

それに 自分は男子生徒から騒がれるような容姿や顔立ちでもないので、

多分、玄奘先輩から何かを得ようとしないからだろうと思った。

綺麗に爪を染めているわけでもなければ、髪色も生まれたままの黒髪だ。

メイクだって何もしていない、年頃なので肌の手入れはしているがリップも

荒れ防止のモノに薄く色が着いている程度のものを塗っているだけだ。

同級生から見れば子供っぽいと思うくらいだと、は感じている。



でも 今はそれでいいと思っていた。

その時が来れば ちゃんと爪を染めて化粧をしてハイヒールを履くときが来るのだ。

だから 子供でいられるときは子供でいようと思った。

背伸びしても それが似合わないこともある。

背もそれ程高くなく 顔も少し童顔だから、無理をしても似合わない。

それが逆にらしさになっていると 友人は褒めてくれる。

もそうだと思っていた。

だから あんなに大人っぽくて 素敵な玄奘先輩には、自分は吊り合わない。

高望みしても無駄なことだと はそう思いながらいつも委員の仕事として

割り切って相手をしていたし、それを崩すようなこともなかった。



ある日の昼休み

返却された本を棚に返す仕事をしていると、どうしても1冊 の背では

元あった場所に返せない本があった。

抱えていた本を床に置くと、その本だけを持って片手を下の棚に置き

それを支えに思いっきり背伸びをして本を返そうとした。

あと少しのところで どうしても出来ない。

は小さく溜息を吐くと、脚立を持ってこようと本を置き振り返った。

ドンッ

途端には何かにぶつかった。

「キャァ、す・・・すいません。」

ある程度の柔らかさを持った壁は、どうやら人のようだったのではとっさに謝った。

「いや、後に居たんだ 避けれねぇだろ。」

その聞き覚えのある声に、は声の持ち主を確かめようと顔を上げて固まった。



そこには『光の君』もとい玄奘三蔵先輩が立っていた。

「貸せ。」

三蔵はそう言って片手をに差し出した。

何の事を言われているのか分らなくて、ポカンと見上げたままでいると

「本を貸せ、俺が戻してやる。」と、説明されてようやくその意図を掴む。

「は・・・はいっ、お願いします。」

はかしこまって答えると、戻せなかった本を三蔵へと差し出した。

からゆうに20センチは高い三蔵は、その本をすんなりと元に戻してくれた。

「玄奘先輩ありがとうございます。」

はそう礼を言った。

次の本を元に戻そうと 三蔵の前から離れようとしたは、それが出来なくて困ってしまった。

三蔵がのすぐ前に立ったまま 動こうとしないからだ。

「あの先輩、私 次の本を元に戻したいので そこを避けて頂けませんか?」

は恐る恐る三蔵に願い出た。

顔見知り程度には会話もしたことがあるが、それは図書の本を貸し借りする上に

必要なことだけでそれ以外の会話はした事がない。

廊下ですれ違う事があっても 会釈をする程度のことだ。

三蔵が動こうとしないので、は仕方なく横にずれて避けようと試みた。

トン

途端にその方向に三蔵の片腕が置かれて 進路を阻む。

この高校の図書室は、県下でも有数の書籍量を誇っており従って図書室もかなり広い。

の今いるところは、閲覧室からもカウンターからもかなり離れた場所にある。

声を出せば聞こえるだろうが、かなり大声じゃなければ届かないだろう。

(どうしよう・・・)は、思わず下唇を噛んだ。

頭上にある三蔵の顔など見る余裕は無い。




そんな自分に怯えるような態度をとるに、三蔵は少々いらついた。

何も苛めたいわけではないのだ。

だが、不器用な性格が災いして 図書館には毎日通ってはいるものの

少しもとプライベートな会話が出来ない。

自分の周りで女の子の噂話をするクラスメイトたちの会話に、

時々の話題が出るようになって来たので

あまりのんびりしていると、誰かに横取りされるかもしれない。

そう危機感を抱き始めた三蔵は、今日 が本を抱えてカウンターを離れたのをみて

声を掛けるきっかけを作るために 自分も書籍を探す振りで席を立ったのだった。

折良く、三蔵はが本を戻せない現場に居合わせた。

これから何か話そうとしていると言うのに、は逃げるように立ち去ろうとしたので、

思わずその進路を断っただけなのだが それがを怯えさせてしまった。




「逃げるな、話を聞け。」

怒鳴らないように声を抑えた三蔵の言葉に、は頷いて同意を示した。

脅すつもりも怯えさせるつもりもないのに どうしてこううまく行かないものかと、

三蔵は舌打ちをしたいのを これ以上の事態の悪化をおそれて我慢した。

あんな低くて 幅もないカウンター1つが2人の間にないだけで、

こうも自分を抑えられなくなるとは思いもしなかった。

近くにその小さく柔らかそうな唇があるかと思うと 重ねて味わってみたいと思うし、

その震えている肩を抱いて腕に閉じ込めてしまいたいと、

自分の中かららしくない要求がこみ上げる。

まったく、安全に守られていたのはではなく

自分の方だったのだと三蔵は自覚した。

喉が渇いてうまく声が出せない。

話を聞けと言った以上、自分から何か話さなくてはならないというのに・・・・。




何も言わない三蔵を不思議に思ってがそっと上を見上げた。

自分を見下ろしている三蔵の顔が、何処か苦しげなので心配になる。

ひょっとしたら何処か悪いのかもしれないと、は尋ねてみようかと思った。

口を利こうとした途端、三蔵がようやく言葉を口に上らせた。

「俺の女になれ。」

やっとの事でそれだけ言うと、三蔵はの肩に手を回して自分へと引き寄せた。

事態がまだ飲み込めていないは、三蔵の力に逆らうことなくその腕の中に納まった。

「いいのか?」

何も返事をしないに少々焦ったように三蔵が尋ねる。

その答えるように腕の中で黙って頷いたに、三蔵は気付かれないように

ためていた息をゆっくりと吐き出した。

「一緒に帰れるか?」

断る事など許すつもりはないが、とりあえずは尋ねてみる。

「はい。」と、今度は可愛い返事が返ってきた。

「じゃ、校門の所で待っててくれ。」

頷くを腕の中から解放してやり、床においていた数冊の本を持たせると

三蔵はその場から離れた。





放課後。

三蔵に言われたとおりには校門で待っていた。

部活に行く生徒や帰宅する生徒で賑わうそこに立つというのは、

かなり目立つ行為だ。

三蔵は一番生徒の多いピーク時を狙っての前に立った。

「帰るぞ。」

三蔵から声を掛けてを誘ったことに、周りにいた生徒はその足を止めて

2人が立ち去るのを見送った。

三蔵にしてみれば、手っ取り早く自分とを公認にするための手段。

ひそかに人気のあるは 女生徒ほど騒がない男子生徒の間では分りにくいが

狙っているものが多い事は三蔵も知っている。

それらへのけん制をこめて 三蔵はを校門に立たせたのだった。




翌日。

三蔵の狙い通り2人のことが全校に広まっていたのは言うまでもない。









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「第10回アンケート」応援リクエスト 麗様で「現代三蔵 高校生の先輩後輩ドリーム」でした。
麗様には、項目の記入と投票をありがとうございました。

私の場合、望んでこの設定ではまず書かないだろうと思います。
あまり設定を活かしきれていないようにも思いますが、どうぞお許し下さい。
麗様に限りお持ち帰り可とさせて頂きます。