NO.01 クレヨン





が お稽古に出ている生け花の草月流は ただ花を生けるだけではなく

美へ対する認識や 感性を養うために 図形や簡単な絵を描くという事をしたりする。

今日のお稽古は そんな内容だった。

教室からの帰り道 は 久しぶりに使ったクレヨンの事を思い出していた。







保育園時代や 小学校の低学年では 主にクレヨンやクレパスで絵を描く。

題材は たいていその季節にあった 家族の顔や思い出だった。

だが 孤児院のような施設で育ったには 家族はもちろんのこと

それらと過ごした休みの思い出なども無い。

そんな時 担任は 「好きなものを書いていいのよ。」とか

「他の思い出を描きなさい。」と言った。

にとっては それさえもうとましいものに感じられたが、

それを口にしては 世の中に負けたような気がして いつも黙って頷くと

花壇の花を書くようにしていた。







授業参観などに登校してきた父兄は 我が子の描いた絵を見ては 

それが上手でも下手でも子供と共に見ては 微笑み合う。

そんな幸せな親子の姿を は何度も見てきた。

絵の出来は のものの方がはるかに良くても それをと共に

喜んでみてくれる人は 何処にもいなかった。

どんなに綺麗な絵を描いても 賞をとって表彰されても 

共に喜んでくれる人がいないというのは幼い少女には とても辛くさみしいことだった。

だから 絵を描く事は好きでも それを発表したり 何処かに出品するという事は

にとっては 一緒に喜んでくれる人がいないため いつも興味の対象外だった。







だから 今回 お花の作品展をする事になった時にも はいつものように

作品の出品を断った。

それは の中で 既に了解済みのことであり 誰にも相談するべきことではないと

決定していたことだった。

伊藤邸に帰ると お玉と八戒が2人して 話があると言って をリビングへと引っ張った。

ソファに座り 出された紅茶を一口飲んだに お玉が言った。

「ねぇ、今度 生け花で作品展があるそうじゃないか。

は出品をお断りしたんだって?

先ほど 先生からお電話があってね 私の昔の教え子だから 心配してくれたんだが

は 筋もいいし熱心なのに 作品展に出さないのは 

何か事情があるのかと聞かれたんだよ。

どうしてお断りしたんだい?」

お玉はどうと言う事なしに尋ねた。







それを聞いて は 虚を突かれたような顔をしたまま 返事が出来なかった。

「どうかしましたか 

何処か具合でも悪いんですか?」

八戒も そんなを見て 心配そうに尋ねた。

「わたし・・・・ごめんなさい。

今まで 作品展とかコンテストとか そういうものに出すのは

学校の成績関係としか考えたこと無くて つい断ってしまったの。」 

の言葉に お玉と八戒は 顔を見合わせた。

「そうですね、どんなにがんばっても 誰も褒めてくれる人がいなかったんでしょうから

無理もないですよ。」

八戒が 優しく微笑んで が言わなかった本当の理由を 言ってくれた。






「あぁ、そういうことかい。

それなら 今回からは 大丈夫だね。

私と八戒さんが の出した作品を見に行ってあげるからね。

だから 作品を出品するとお願いしておいで・・・ね。」

お玉に促されて は電話をかけに その場を立ち去った。

それを見送って 八戒はため息を吐いた。

「どんなにがんばっても 見てくれる人がいないと 寂しいものですから・・・。」

「そうだね、可哀想に それが当たり前の生活を送ってきたんだろう。

私は今は1人だが 両親がなくなるまでは 家族がいたからねぇ。」

2人は の歩んできた一人ぼっちの人生に思いをはせた。






「どんなに 綺麗な花を咲かせてみても 誰にも見てもらえ無いというのは寂しいものさ。

見てもらえなくても 綺麗なことには違いないのだろうが

認めてもらえないのは 辛いさね。」

お玉の言葉に 八戒も頷く。

「これからは 僕たちが に家族の幸せを 教えてあげなければいけませんね。

花だって『綺麗だ。』と褒められれば より美しく咲くと言いますから・・・・。」

電話口に立って 笑顔で話をする お互いに大切な美しい花を

『貴女だけを 見守ってあげますよ・・・。』と 大切に思うのだった。







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