dear child 10 受験生の僕と鷹介には、課外授業や補習授業などが入って忙しく、 にばかり気を取られるわけにはいかなかった。 でも今考えれば、それでよかったんだと思う。 じゃないと、僕たちのへの要求は、日々膨れ上がって行っただろう。 本当はジレジレとした思いを抱いていたと思うけれど、 僕も鷹介もそれを外に出すことなく、忙しさにまぎれて日々は過ぎていった。 もうすぐセンター試験があるという日の夕食時だったと思う。 珍しく父さんが僕たちと一緒に、食卓についていた。 ポケットから湯島天神の『合格祈願』のお守りを2つ取り出して、 目の前のテーブルの上に置いた。 「ん〜なんだ、そのお前たちを信用していないとかではないが、 まあ俺たちは何も出来ないからな。 せめて神頼みだけでもさせてくれ。」 何処か照れたような態度で、そう口にする。 横から母さんが「昨日お父さんと一緒に行って来たのよ。」と、 ご飯を盛り付けた茶碗を差し出しながら言い添える。 2人して顔を見合わせて笑う両親に、「ありがとう。」と僕たちは礼を言った。 「で、さ、合格したら僕たちから2人に頼みがあるんだ。 頼みって言うか、許可をもらいたいって言うか。 反対されても実行するつもりだけどさ。 父さんや母さんには、許して欲しいんだ。」 隣で鷹介は何のことを言っているのかすぐに察して、頷いて同意を示した。 「2人で1つのことなのか?」 父さんが意外そうに尋ねた。 「そう。」と、鷹介が返事をする。 それはそうだろうと思う、普通は1人が1つのお願いをしても不思議じゃない。 「2人して合格して、そのお祝いに願い事が1つなんて、 どんなことなのか母さん怖いわ。」 母さんが頬に手を当てて心配そうにつぶやいた。 腕組みをしていた父親が、決心をしたように顔を上げた。 「ん、まあいいだろう。 龍介と鷹介揃って合格して、その貴重なわがままを言えるチャンスに 2人が同意しての大事なお願いなんだろうから。 他人様に迷惑をかけないことなら、善処すると約束する。」 そんなことを言う夫を、妻である母さんは心配げに見守っていた。 からは風邪を引かないようにと、手編みのマフラーをもらい。 合格のお守りにとキスの激励を受けて、僕と鷹介の受験シーズンはスタートをした。 結果は2人して第一志望に合格。 そのお祝いにと向井家深山家合同で開かれた夕食会の夜。 僕と鷹介とは、両方の両親を前に例のお願いを言うことになった。 はもちろんのこと、僕も鷹介も緊張をしていた。 ここで反対をされるのは、3人で事前に話をしたときも一番高い確率だと 予想されたことだったからだ。 それでも 僕たちの気持ちは変わらなかった。 最悪の場合は、大学進学を止めて家を出るつもりにさえなっていた。 それこそ 男が2人で働けば、を高校に通わせながら食べていくことくらいは 出来るだろうと、僕と鷹介は話していたからだ。 でも のことを考えるとそうはいかない。 彼女を不幸にしても自分たちの愛を貫きたいと、誰にも邪魔はさせないと、 その気持ちが無いわけじゃない。 でも それはエゴだ。 強引に進めてしまうことは容易い。 その時は「愛ゆえに」という言い訳が出来るだろう。 だが、月日が経てば自分から両親の愛や帰る家を奪ったという感情が、 に生まれるに決まっている。 そしてそれは、何かの拍子に彼女の表面に現れて、 僕たちの愛を否定する材料となる事だってあるのだ。 既にいくらか酒を飲んでいる両親たちは、息子たちの神妙な面持ちに 不審げな表情をしている。 それでも まあ機嫌はいいようだ。 「で、2人して合格のあかつきに許して欲しいという願い事は、なんなんだ?」 父さんが尋ねた。 「父さん母さんだけでなく、向井のおじさんおばさんにも聞いてもらいたいんですが、 僕と鷹介との交際を認めて欲しいんです。 今までだっていつも3人でいました。 幼なじみとして、友達として、隣人として。 でもそれだけじゃ僕も鷹介も満足できなくなったんです。 に僕か鷹介かを選んでもらって、付き合おうと申し込みましたが、 は選べないと言いました。 だからと言って、僕と鷹介はが他の男の恋人になんか、 なって欲しくないと思っています。 だったら、2人でを愛して行けばいいじゃないかと話し合いました。」 「。」 向井のおじさんが、の名を呼んだ。 そのまま立ち上がろうとしたおじさんを、父さんが抑えた。 「向井さん、この子達の話を最後まで聞いてからでも、何か言うのは遅くないでしょう。 ちゃんを悪者にしないで下さい。」 父さんの言葉に、おじさんは何とか椅子に座りなおしてくれた。 そして僕を見て話の続きをするように促してくれた。 「だから、去年の4月から1年間僕たちは、3人で付き合ってみたんだ。 がその間にどちらかを選ぶかもしれないし、僕か鷹介が降りるかもしれないと 思ったし、それに三角関係ならもつれて喧嘩や争いが起こるかもしれないし、ね。 他に好きな人が出来る可能性だったある。 でもさ、僕たち生まれて来てからこっち、いっつも3人でやって来たことに気がついた。 多分、親よりも一緒にいた時間は長いよ。 3人でどう付き合えばいいのかもう学習してしまっている。 だから、無理なく1年経ってしまったんだ。 これからも3人で付き合っていこうと思っている。 だったら、ちゃんと父さんたちに認めてもらって付き合いたい。 そう考えたとしてもおかしくないよね。 道徳的には褒められた関係じゃないことは分かっている。 それでも僕たちを信じて許して欲しいんだ。」 僕が頭を下げるのと同時に、隣のもその向こうに座る鷹介も 同じように頭を下げた。 頭を上げないままで、交渉相手である両親たちの気配を探る。 僕たちの両親はそれほど問題ではない。 でもの方はそうでも無いだろう。 やっぱり女の子の親だし、娘が2人の男と同時に付き合うのは、 モラリストなら許せない行為だろうから。 特に父親なら公認で男とつき合わせることさえ良しとしない気持ちもあるだろうし。 「とにかく頭を上げなさい。」 やっぱり声を掛けてきたのは、の父親だった。 父さんは何も言えないだろうというのは予想できていた。 「ちょっといいかしら。」 割り込んできたのは、の母親。 「パパはどうか分からないけれど、私は賛成よ。 龍介君も鷹介君も息子も同然に接してきたし、信頼しているわ。 それに、私たちに黙っていくらでも付き合えるのに、のことを思って こうして頭を下げる気になってくれたんでしょ? 正直、がどちらかと付き合うだろうとは思ってたの。 だって、2人とも良い男に育ったし、付加価値も十分につけてるわ。 2人がを好きなことも気づいてたから、何時均衡が崩れるのかと それだけを注意してたのよ。 が高校に入ってから少しの間おかしかったわよね。 ん〜、でも いつの間にか元通りだったから、どうにか決着は 付けたんだろうと思ってたんだけど。 それから前以上に3人で行動するし、付き合いも密接になってるみたいだったから、 ひょっとしたらって思ってたんだけど・・・。 が悲しまないように、大事にしてあげて欲しいの。 それだけはお願いね。」 「ママ、ありがとう。」 今まで緊張していたが、おばさんの言葉ににっこりと笑ってそう言った。 「のそんな顔見たんじゃ、許さないわけに行かないだろう。 ましてママがこうも賛成なら、私が反対して憎まれ役になるのも嫌だ。 それに可愛い娘に嫌われたくないからね。 ただ、龍介君と鷹介君には頼みがあるんだ。 君たちは2人だが、は1人だ。 悪く言われ色眼鏡で見られるのはだろう。 だから、きっと辛い目にも遭うと思うし、中傷や嫌がらせも受けるだろう。 もちろん大事にもしてもらいたいが、何より守って支えてやって欲しい。 私にはかけがえの無い大事な一人娘だ。 よろしく頼みます。」 おじさんもそう言って許してくれると、軽く頭を下げてくれた。 「「もちろんです。」」 僕たちは同時に答えて、おじさんより深く頭を下げた。 良かった、これで少なくともを僕たちと親の反対という 板ばさみにすることはない。 そう思った。 「向井さん、ありがとうございます。 私と妻からもお礼を申します。 さあ、飲みなおしましょう。」 父さんが向井のおじさんに、礼を言いながら酒を勧める。 その後で母さんが僕たちを追い払うように、手をひらひらさせている。 その手は『あんたたちは、もう行きなさい。』と言うことなのだろうと判断して、 リビングから出ると、2階の僕の部屋へと3人で移動した。 後で鷹介がドアを閉めた途端、が僕の背中に抱きついてきた。 「うわっ、なんだよ。」 振り返ろうとしたけれど、の腕がそれを許さない。 どうしようかと思ったけれど、背中から伝わるわずかな振動としゃくり上げに が泣いているのが分かって、動けなくなった。 まわされた手を包んで優しく撫でてやる。 「龍介、ありがとう。」 背中からくぐもった声で礼を言われると、僕たちの関係も一山超えたという気がした。 撫でていた手がするりと解かれて、離れていく。 後ろを振り返ると、は既に鷹介に抱きついていた。 鷹介もうれしそうに微笑んでいる。 お互いに顔を見合わせて頷きあった。 確かに父さんやおじさんたちに求めたのは、形の無いプレゼントだったかもしれない。 でも 僕たちには何より嬉しいものだった。 |