贈菓贈酒  4




三蔵は 廊下を歩きながら になんと言って 

自分の気持ちを 表そうかと 悩んでいた。

確かに 最初は がもらう求愛の酒の多さに、不機嫌になったのだったが

それならば あれほどまでに を愁いに沈めなかったと思う。

三蔵自身は 耳飾と腕輪を 贈った事で 自分の気持ちを表していると思っていたし、

からは 何かと 世話を焼かれて日々 自分のうちでは 

甘い気分を味わうこともあった。

今までは それで充分だと感じていたのだった。

しかし この宮殿に来てからというもの 夜休む部屋は 別々だし、

昼間は 護衛のために悟空を貼り付けていたために 

少しも2人でいる時間が取れなかったことが、

自分を不機嫌にしてに冷たくしてしまった理由だろうと 思っている。





喧嘩したならば 悪いほうが謝ればいいことだ。

三蔵には 前に一度ではあるが に謝ったこともある。

をこの腕に抱くためならば 少しくらい男の矜持が 許さなくても 

謝ろうと思っている。

ただ の様子は 怒っているというよりも 寂しそうだったのが 印象に深い。

謝ると言うよりも どうしたら 笑顔を見せてくれるかという感じの 三蔵の心境であった。

の使っている部屋に着いた。

コンコン、ノックをしてみる。

中に誰かいる気配はするが、応答は無い。

 俺だ。」そう 三蔵が名乗ると、中で人の動く気配がして 

ドアを開けて が顔を出した。

「三蔵 今夜は もう休もうと思います。話なら 明日にしていただけませんか?」

そう言って ドアを閉めようとするに、「俺は 今 話があるんだ。入るぞ。」

閉まりかけたドアを 力で開けさせて、三蔵は の部屋に入った。





その部屋は だけが使っているために、の匂いが三蔵の鼻腔を くすぐった。

三蔵の好きな 甘く優しい女の匂いに、心安らぐようにさえ感じる。

三蔵の後ろで ドアを閉めたは、「三蔵 どうぞ。」と 椅子を勧めた。

自分は 茶器をとって お茶の準備をしている。

その様子を 黙ってみていた三蔵だったが、

ふと そこに一本だけ置いてあった 酒のビンが目に留まった。

「おい 、その酒はどうしたんだ。」と尋ねてみた。

「えっ、・・・あぁ それですか、それは昨夜 三蔵にお願いした用件の分のお酒です。

今まで頂いた分は、あの女御さんにお願いして 宮殿に寄付させていただきましたので、

みんなの前で三蔵から頂くのに 八戒が用意してくれたものです。」説明をしながらも

は自分の手元から 視線を外そうとはしない。

それに 表情も硬いままだった。




三蔵は 椅子から立ち上がると

自分と視線を合わせようとしない の後ろに立った。

そして 茶器をうつろに眺めている を、腰に手を回して抱きしめた。

は そんな 三蔵の行動に 反応さえしない。

 どうした、俺が嫌いになったのか?」

三蔵は 一番聞くのが怖い質問から に尋ねた。

これに 首を縦に振れば、他には何も聞くことがないと 思ったからだったが、

は「いいえ、嫌いになったりはしていません。

三蔵の方が 私に興味を失ったのでは ありませんか?」と

は 辛そうに三蔵に問い返してきた。

「どうしてそう思う?」そんなことは 無いのだから、

三蔵としては が 何に それほど沈んでいるのか 聞きたかった。




「三蔵 貴方は 最高僧 三蔵法師様です。浮世の煩悩などは それほど苦にも 

思われないのかもしれませんが、私には 

あなたに投げられたお菓子にも 私に差し出されたお酒にも

心を乱されてしまって、辛く 寂しかったのです。

三蔵は いつもと変わりなく 過ごしているように見えたので、

私に対して もう興味も無いのかと思って悲しくなりました。

私が 話しかけなければ 三蔵は 会話を持とうとさえしてくれないのだと思うと、

本当は 私と話したくないのかと・・・・・。」

涙を耐えているのか の声には 力が無い。

「それは違うだろう、こうして と話すために 来てるじゃねぇか。」

そう言いながら 三蔵は の首筋に 口付けを1つ落とした。




「俺は そんな偉そうなもんじゃねぇよ。

『三蔵』という称号も お師匠様から受けたものだから

持っているだけで、僧とは名ばかりだしな。

正直に言うが、嫉妬とお預けで 気が狂いそうだったんだぞ。

不機嫌にしてねぇと 自分を抑えられなかったんだよ。

いつもの に戻って 俺に抱かれてほしいんだが、ダメか?」

三蔵は 片手を上に持って行き の肩を抱いた。

は ただ 黙って俯いていた。




三蔵はのその態度に 小さくため息を吐くと、

抱擁を解いて の手を掴んで 引っ張り 椅子に座らせた。

先ほどの八戒の用意したという酒の封を切り、

グラスに注ぐと 自分もの隣に座った。

そして の目の前に 酒の入ったグラスを差し出すと、「好きだ、愛している。」

瞳を真っすぐに見つめて それだけを言った。



その三蔵の意味する態度と言葉に は ようやく微笑むと、

「ありがとう存じます。この頂いたお酒を どうぞご一緒に

お飲みくださいませんか、何時がよろしいでしょう?」と 返した。

三蔵も わずかに笑んで に返す。「今 2人で飲みたい。」

は ただ 頷いた。

三蔵は グラスのお酒を 一口自分が口に含むと、を見つめて 待っている。

その瞳に促されて は自分の唇を 三蔵という器に入ったお酒へと 運んでいった。

触れ合った 口の先から の口内にお酒が注がれてくる。

それは 甘美な味がするお酒だった。

お互いに飲み込んで 瞼を上げると 2人は静かに見つめあう。

好みの味だな、八戒らしい選び方だ。」

グラスの酒を見ながら 三蔵はもう一口飲んだ。





その様子を 微笑ながらは見ていたが、

「三蔵 違うお酒と肴を用意しましょうか?」と以前と変わらない調子で 尋ねる。

「いや 今夜は この酒でいい、肴は すでに 極上のものが 目の前にある。」

そう言うと、三蔵は グラスをの口に当てて 酒を飲ませた。

今度は その酒を飲もうとして 三蔵が に口付ける。

「今夜は に酔いたい。」三蔵の言葉は 酒よりもを酔わせた。

グラスに残り少なくなった酒を ビンから注ぐと、

三蔵はの手を握って 椅子から立たせベッドに向かった。





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