六韜三略 (りくとう さんりゃく)
『とっておきの解決法。また それを書いたもの。兵法の極意。』
朝の光の中三蔵とはお互いのぬくもりを確かめて目覚めると、
身支度を始める。
それは どこか 公私を分ける 儀式の時間のようになっていて、
身支度を終わる頃には、恋人の甘い空気は
旅の仲間のものへと 変わっているようになった。
三蔵よりも の方が 支度に時間がかかるのは
女性のためで 仕方がないのだが、
いつも その様子を見ている三蔵には、ある疑問があった。
それは が 今 鏡に向かってつけている ピアスのことだった。
そのピアスは 月長石(ムーンストーン)を半円球に磨いた形のものに その周りを
金細工で飾ったもので、シンプルだがよくみると
石も質がよく金細工も美しいものだった。
は そのピアスを 自分と相部屋の時だけ 外しているらしいという事が、
解ったからだった。
何日か前に悟空と2人部屋になったときには
ピアスをつけたまま眠っているのを、
偶然にも その夜の妖怪の襲撃の折に 見てしまった 三蔵は、
それ以来 が何時そのピアスを外すのか 気にするようになっていた。
野宿で休む時は外さないことと、入浴時に外しているのを確認したぐらいしか
成果はあがっていなかった。
だが 三蔵と同室になり 同じベッドに休むようになってからは、休む前に外して
小さいケースに入れ 荷物の中に片付けている。
眠る時に邪魔になるというほどでもないのに、
なぜ 自分と2人の時には 外すのか?
女に詳しい悟浄か 物知りな八戒あたりに聞けば
簡単な答えが 返ってくるかもしれないのだが、
さすがに そんな事を 聞くことは出来ないままに、
日が過ぎている 三蔵なのだった。
それは とある街に着いた時 その街の近くには 鉱山があるらしく、
掘り出した鉱物や それを加工したアクセサリーなどの装飾品を 売っている店が
何軒もあり 賑わいを見せていた。
だって 年頃の娘 興味がないわけが無く、楽しそうに ひやかして見ていた。
今夜は この街に宿を取ることにして、
皆でくつろいでいると 昼間 散々 宝石を見てきたせいか
悟浄と悟空が のピアスについて 話しているのが、
新聞を読んでいる三蔵にも 聞こえてきた。
「ちゃん、そのピアス 結構高かっただろ。
石といい細工といい 金が掛かってそうだもんな。
お姫様なんだから わかるけどさ、でも いっつも そればっかりしてないか?」
悟浄が気にしているのは 同じものばかり着けている事らしい。
三蔵が 聞きたいこととは 違うのだが、ピアスのことには 違いないわけで、
そのまま 黙って聞いておくことにした。
「は 本当は ピアスをいっぱい持っているんだろ?
違うやつも着けて見せてくれよ。
俺 綺麗なを 見るの大好きだからさ、ね。」
悟空は お姉さまキラーな笑顔を向けて、にねだっているらしい。
は 2人に「このピアスは 私にとって とても大切なものなので、
ピアスはこれ1つしか持っていないのです。
その人の 形見はこれだけなので、これ以上は 聞かないでください。」
どこか寂しげな の顔に 悟浄も悟空もそれ以上は 何も言えなかった。
しかし 三蔵には そのピアスが 金蝉からの贈り物だということが、ピンと来た。
それで の全ての態度に納得がいく。自分との夜には 外すことも 失くさないように
注意を払っていることも それしか 持っていないことにも・・・・・。
「煙草が切れた。出てくる。」そう言い捨てて 三蔵は街に出ると 宝飾店に入った。
そこで 紫水晶(アメシスト)のピアスを買い求めた。
そのピアスは の持つ月長石のピアスと 同じ半円球のカボッションカットで、
大きさも同じくらいで、内包物も無く 色もよい物で カット状態も申し分ないと、
店主が言い添えた品物だった。
夜 部屋に2人きりになると、は 例のピアスを外し 寝支度にかかる。
そうして 自分の女になったに 三蔵は 昼間買っておいた物を 手に乗せた。
「三蔵、これは なんですか?」何か 貰える様な日でもないのを 不思議に思い
尋ねる に、「明日から それを着けろ、いいな。」と 三蔵は言った。
箱を開けると 中から 紫水晶のピアスが出てきた。
「どうして あのピアスでは いけないのでしょうか?
何か 不都合なことでもあるのですか?
それに この紫水晶のピアスを 着けなければならないのは、
何か 理由があるのですか?」
三蔵の突然の申し付けに、は 尋ねた。
「 なんでもいいから それを着けていろ、いいな。」三蔵は 金蝉への嫉妬からくる
ただの我儘が理由だけに、本当のことが言えるわけも無く そう答えた。
「何も理由が無いのなら、従うわけには行きません。
三蔵が 何を思ってこれを下さったのか、お聞かせください。」
は 黙っては従うつもりはないらしく、三蔵を 困らせる。
「あの 月長石のものはよほど大事なものなのだろう。
それなら 大事にしまっておけばいいだろ。
今 くれた奴は 失くしたら また 俺が買ってやるから、心配いらねぇ。」
肝心のところは 何も言わずに、付属の部分だけ 話してやる。
「そういうことですか、それでは このピアスは 三蔵からとして 頂いておきますが、
何を 着けるのかは 私に選択の自由が あると思いますので、
その点 ご了承ください。
美しい石ですね、ありがとうございます。大事に使わせてもらいますね。」
は 微笑むと箱の中の紫色に光る石を、見つめた。
「そうじゃない、俺は これを着けろと 言っているんだぞ。」
三蔵のただでさえ短い堪忍袋の緒が、
切れそうになっている。にもそのことは わかっていた。
だが 自分にも譲れないものがあり、
理由も無いままに 三蔵の言うとおりに出来ないこともあるのだ。
「ですから そこまで強制されるいわれはないと、申し上げているのです。
このピアスを贈ってくださった 三蔵に感謝は致しますが、
何故そこまで これを着けることに
こだわるのかが、私には理解できません。」
は そのピアスが ただの贈り物ではないと 感じていた。
三蔵は 何かを思って これを買い求め 自分に着ける様に迫っている。
いつも着けている 月長石のものの何処がそんなに 気に障っているのだろう。
今までは そんな素振りは無かったはずなのに、何か理由があると思う だった。
それを 三蔵から聞きたいと思う。
それなのに そこを 避けるように 三蔵が話すので、2人の話し合いは
言い争いに 発展しそうな 雲行きになってきた。
八戒や悟浄、悟空の誰かが いたのなら、
必ず 止めに入っただろうが 今は 運悪く 2人きりだ。
三蔵の怒りの炎は 全てが に向かっていた。
「、俺の言うことが そこまで 聞けないのなら、好きにしろ。」
怒気を含んだ 低い声で三蔵は に 言うと、背中を向けて
のいるベッドから離れて行った。
怒鳴り散らしたり ハリセンで叩いたり 銃を向けられたりすることも無く、
ただ 三蔵の その怒りを向けられた は、
思わず 部屋を飛び出して、階段を駆け下り 宿の中庭まで出ると、
人気の無いそこでこらえ切れずに 涙を流した。
静まった 夜の闇の中、押さえても出てしまう 嗚咽は
以外に響き 三蔵の耳にも 聞こえていた。
「・・・・・ちっ、」舌打ちしながら 立ち上がると、三蔵は 部屋を出た。
泣いている のもとに来ると、その手を捕まえて 宿を出て
裏手の川原に 引っ張っていく。
は 抵抗もせず 引かれるままに 付いて来ていたが、泣き止んではいなかった。
適当なところまでくると 歩みを止めて 向き合った三蔵は、
「、そんなに あれを着けるのは嫌なのか?」と ぎこちなく問う。
は 泣きながら 首を横に振った。
「その・・・・・あれは 金蝉の形見なのだろう?・・・・・・俺は
の中に 金蝉への想いがあることを
認めているし、それでもいいと 言ったはずなのに
金蝉からのものを大事にしている が、憎かったんだ。」
三蔵は 金蝉に嫉妬したんだと は 理解できた。
不器用なこの人は それを 認めたがらないだろうが、
攻撃する相手が この世に存在しない嫉妬は
三蔵に あういう態度を とらせるしかなかったのかもしれない。
「三蔵、金蝉を 忘れられない 私は 憎くまれて当然の女だと自分でも 思います。
三蔵が 嫌になって 別れると言っても 恨みませんよ。」
そう言う は 泣き止んでいた。
「別れねぇ。」三蔵は 掴んでいた の手を引っ張って 抱き寄せると、
腕の中に閉じ込めて 言った。
「私も 別れたくはありません。三蔵に 憎まれるのは嫌ですから、
ピアスのことは 良い解決策があるのでそれで 妥協してもらえませんか?」
にそう言われては、頷かないわけにはいかない三蔵だった。
「ありがとう、三蔵。・・・・・・・ごめんなさい。」
そう言う腕の中のに 三蔵は 愛しさが 溢れる。
の顎を 持ち上げると、詫びる替りのように 優しく口付けた。
次の日 の耳たぶには 片方に2つづつのピアスが 光っていた。
それを認めた 三蔵は 自分が の中では、
金蝉と同列なのだと言う事を 知ることになる。
自分は 決して劣っているわけではなく、
むしろ 生きているだけ優位なのだと、
に 新しいピアスホールを 空けさせるだけの影響力を 持っているのだという事に、
口角が 上がってしまうのを 何とか抑えた 三蔵だった。
---------------------------------------------------
キリ番 3859を 踏んでいただいた 「トモ 様」のリクエストで、
三蔵ドリ 「金蝉の思い出の品物に嫉妬」でした。
リクエスト ありがとうございました。
