交換日誌
三蔵一行とは、草原地帯を西へ向かっていた。
地図でルート確認をした時も見たのだが、この草原には河が無かった。
でも時々ちゃんと街や村は存在している。住人達は、河という水源は無いが、
地下水脈が豊富らしく井戸水で生活していた。
どこにいっても、不自由は無いほどに 水は足りていた。
それが3日も続いただろうか・・・、ここに河がないと元気の出ない女性が1人。
井戸や池などのたまり水では、寂しいのだろう ため息ばかり続いている。
男たち4人は、どうしてやることもできず宿の窓辺に立つを見守るばかりだった。
次の日は出発しようとしたら、小雨が振り出した。
この位の雨なら・・・・と、三蔵でさえ思ったのだがの元気が無いのが
気にかかっているらしく、出発を延期にした。
なんだかんだ言ってもやっぱりに甘い三蔵なのである。
そのに尋ねて来た者がいた、旅をする自分達にそんな者はいないはずと、
思ったのだが・・・、どうやら人では無い様子の者。
全員立会いの下に宿の部屋に上げると、先日訪れた大河の主の使いの物だと言う。
河の主の使いとなると、蛇か蛙か川にすむ生き物の化身だろう。
大きい荷物と1通の書簡を、に渡すと帰っていった。
みんなの関心を浴びながら荷物を開けると、
中からは 甘い果物と餅、干し肉、干菓子、等が出てきた。
果物以外は野宿で役立ちそうなので、八戒に渡す。
「わ〜、これすげ〜な!うまそ〜、ねえねえ、食べてもいいか?」
果物は 早速に悟空のおなかに消える運命となった。
おいしそうに食べる姿を、は れしそうに見ていたが、
共に着た書簡に目を通すと友人の言葉で、先日の訪問の喜びとともに、
やはり 野宿の折にでも食べて欲しいということで、
日持ちのいい食べ物を 入れてくれた旨が書いてあった。
書簡の内容を三蔵はじめみんなに話して聞かせると、悟
空は 自分に読んでくれと言う。
「手紙って どういうことを書いてあるんだ? 俺ももらえるのか?」
知り合いのほかにいない悟空には、手紙というものによほど興味がわいたのだろう。
「俺にも手紙が来ればいいのに・・・」と、寂しそうに俯いているのがには
愛しくうつった。
「おまえの場合は、手紙よりも宅配の食い物に興味があるんじゃねぇの?」
いつものように悟浄が茶化すが、悟空は珍しく相手にならなかった。
三蔵とこの仲間以外には、知り合いのいない悟空が手紙を貰ったことが
あるはずが無い。
だが、自分も一緒に旅をする身なので、手紙を書いてやることはできない。
「私が貴方に書いてあげたいのだけれど・・・、
どこにいるかわからない相手に手紙は出せないのよ。ごめんなさいね。」
悟空は、の憂い顔が自分のせいだと思って、
「いいんだよ、。そんな悲しい顔するなって、
ちょっと もらってみたい出してみたいって、
思ってただけだから!気にすんなって!」と、明るく振舞った。
「悟空、自分が書いたものに返事が来ればいいの?」と、聞き返すと
「ん〜、そういうことしてみたかっただけだからさ、もういいんだ。
それに、俺平仮名しか書けないしさ、俺のなんか貰ってもうれしくないだろ。」
次の白桃に手を出しながら、悟空は 答えた。
「まあ、文字が書けるならいい方法があるのよ。
私と交換日誌を書いてみない?一日交代で、日記をつけるのよ。
お手紙のように私に向けて書いてくれれば、次の日には返事を書くわ。
それなら一緒に旅をしていて、やり取りに困らないし平仮名だけでなくカタカナや
漢字なんかも教えて上げられるから・・・・、どうかしら悟空?」
悟空は、食べる手を休めてを見ている。
「いいのか? 三蔵がには迷惑をかけちゃダメだって言っていたぞ。
、その『交換日誌』って迷惑にならないか?三蔵に怒られないか?」
心配そうに聞いてくる悟空の頭をなでながら、優しく微笑むと
「大丈夫よ、それに私からやろうと言い出したんですもの悟空のせいには
ならないからね、三蔵に 何か言われたら 私が ちゃんと言うから・・・。
じゃ、せっかくだから ノートや鉛筆なんかを、買いに出かけましょうか。
ほら、悟空 行きましょう。」手を差し出して買い物に誘うと、うれしそうな笑顔で
手を握り返す悟空、2人は買い物に出かけていった。
帰ってくるとさっそくにノートの表紙に、『悟空と交換日誌』と、書いていた。
1ページ目は悟空が書きたいというので、はそれに付き合いわからない
文字を教えてすごした。
その姿はまるで子供の宿題を見る母のようで、母のいない2人と いい思い出の
ない1人の大人に、くすぐったいような思いを抱かせた。
いつもなら悟空をからかって茶化す悟浄も煙草をくゆらせながら見守っていた。
夕飯を終わって、悟空は満足したのか早々に寝てしまった。
その枕元にノートを置いて、子供のように幸せな寝顔の悟空だった。
その夜の同室は、三蔵と悟空、の3人。
悟空の寝顔を見守っていたを、後ろから優しく抱きしめながら
「あんまり甘やかすんじゃねぇよ。」と、耳元にささやく三蔵。
「甘やかしてなんていないわよ。悟空は、誰もが受け取るはずのものを、
代行で私から 受け取っているだけだから・・・。
それも ほんの短い時間だけだから、おおめに見てあげて 欲しいのよ。
大人の3人も欲しいでしょうけれど、大人だけに私の母性愛じゃ満足しないし、
どうしても男女の関係に持って行こうとするでしょ?
私にはあなたのお相手だけで、充分に大変なのですからね。」
三蔵に軽く身を預けたままで、後ろを振り向くと 耳元にある三蔵の唇に
触れるだけの優しいキスをおくった。
「悟空には、私をどうこうしようなんて気持ちは微塵も無いから・・・・・、
抱擁すらも 母を慕う子供のものと 同じなのよ。」
すやすやと眠る愛しい子を、見ていった。
「俺に 黙ってみてろって言うのか?
自分の女が子供だろうが、男に触られて引っ込むほど出来ちゃいねぇんだよ。」
身体にまわした腕に さらに力を入れて 自分に引き寄せると、
の華奢な肩に 額を押し付けて つぶやく三蔵だった。
「ええ、子供にやきもちを焼くお父さんは、大人の振りをしているだけで
本当は 子供よりも もっと 我儘言うのよね。」
くすっと、おかしそうに笑ったに、睨みをきかせてみた三蔵だったが、
これ以上 悟空のことで言い争っての機嫌を損ねることを考えて、
ため息を1つついただけに 留めておいた。
いまさら 顔も見たことも無い 母親のことなんて、どうでもいい話なのだが
安らぐことなど無かった自分に、息をつかせてくれる 腕の中の愛しい女に
時に 母性を感じてしまう自分が、否定できない三蔵だった。
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