擬装家族
最近 立ち寄る街の先々で、5人の耳に入る噂があった。
天竺を目指す 三蔵法師ご一行が 妖怪退治をしているらしいと・・・・・。
本当は 三蔵一行に 妖怪が付いて来ているだけであって、
別に退治して歩いているわけではない。
しかし 噂は 真実を伝えるばかりではないものだ。
だが 自分たち5人が 三蔵一行だとわかると、あからさまに 態度が変わったり、
法師様には 女戒があるのだからと とは離されてしまう。
八戒や悟浄や悟空には 別にさわりはないが、三蔵にとっては 面白くはない。
それに 女連れだというとが商売女だとか
八戒か悟浄の連れだと思われることが多く、
それが三蔵の機嫌の悪さに 拍車を掛けるのだった。
それを 見かねた八戒が ある提案をした。
「どうです 5人で家族という事にしませんか?」
「どういうことだ?」
「ですから 僕たち5人が 家族として振舞うんですよ。
三蔵が長男 悟浄が次男 僕が三男 悟空が四男、そして なんですが
長男の婚約者という事でどうでしょうか?」
「なんで 三蔵の婚約者なんだよ。俺んだっていいじゃん。」
「僧侶の三蔵が 女性連れで しかも婚約しているわけがないでしょう。
だから そこが狙い目なんです。
外見は誤魔化せないかもしれませんが、
まさか 婚約している人が 噂の三蔵法師だとは
思わないじゃないですか。三蔵 どうですか?」
「勝手にしろ。」
「では さっそくに 三蔵は法衣を脱いで 私服に着替えてくださいね。
その格好じゃまずいですよ、の事を春を売る人にはしたくは無いでしょう?」
そう言うと 八戒は 荷物の中から 三蔵の私服を取り出して 渡した。
「なあなあ 三蔵 春を売る人って どんな人?
春って売れるのか? 高いのか? 食える物か? うまいのか?」
悟空は なんだか そこに興味を持ったらしく いやに質問してきた。
「うるせぇ。」スパーンとハリセンとともに 三蔵の怒鳴り声も聞こえてきた。
そのやり取りに は笑顔で 見守っている。
頭を抑えて 涙目になりながら 悟空は に助けを求めてきた。
「 俺 なんかいけないことを聞いたのか?」
「いいえ そうではありませんよ。大丈夫です。
三蔵は 私の気持ちを気遣って 悟空の事を怒ったのでしょう。」
「には いやなことだったのか?」
「いえ そんな事はありません。
『春を売る人』と言うのは 妓楼などで殿方の相手をする方たちのことです。
お酒の相手をし その夜一夜を恋人や奥さんの替りに慰めて暖めるのですよ。
でも それは本当の愛ではないので、朝が来れば 夢から覚めなければなりません。
一夜の夢を 売る人達のことです。」
静かに 悟空に説明しながら は 切なそうに言った。
「そうなんだ 俺 その人達とが同じだと思われるのは いやだな。
だから 八戒が言ったとおり は三蔵の婚約者でいいと思う。」
「では 悟空は 私の弟という事になりますね。よろしくね 弟君。」
「おう 任せてな、。」
2人の微笑ましい会話を聞きつつ、「三蔵が長男なら 俺も弟じゃん。」
悟浄は にウィンクをして 肩を抱こうとしたが ふとその手を止めた。
悟浄の座席のドア越しに 愛銃を構え 撃鉄を起こす三蔵が目の端に入ったからだった。
「悟浄 兄の婚約者に手を出そうとは いい度胸じゃねぇか。」
「失礼しました。」
「フン そこを降りて ナビに座れ。」
「ヘイヘイ、法衣を脱げば ただの男ってことね。」
文句を言いながら 悟浄はナビシートに移った。
「三蔵 リアシートは 3人ですから 少し狭いですがいいのですか?」
「 俺は弟とは言っても 他の野郎を婚約者の隣に座らせる事はしない主義だ。」
「でも いつもは 悟浄が座っているんですよ。」
「俺じゃ 気にいらねぇのか?」
「いえ そうではありません。」
「 三蔵はいつもは法衣だから さっき八戒の言った
『春を売る人』に が見られない様にしているんじゃねぇの。」
悟空の思わぬフォローに 三蔵は 照れたのか明後日のほうを向いた。
「そういうことなんですか?三蔵。」
「そういうことみたいですよ 。よかったですね、優しい婚約者で。」
八戒の突っ込みに は頬を染めた。
その日。
街の宿について 八戒による部屋割りの際にも 家族ごっこは続けられていた。
「三蔵 これが2人部屋の鍵です。」
「あぁ 解った、 いくぞ。」
いつものことなのに なぜかは 照れくさい思いをしていた。
三蔵と2人部屋はいつもの事だし、八戒が そう割り振ってくれるのも同じなのにと思う。
三蔵が法衣を着ていないせいなのだろうか?
いや それは違う気がする。これは自分側の変化によるものではなく、
三蔵の常ならぬ態度のせいだ。
そう思い至ったは 少し楽になり 肩の力を抜いた。
三蔵は の態度が何時になく硬いとは思っていたが、
まさか それが自分のせいなどとは 思っていなかった。
今夜の部屋に入ると なんだか 力が抜けたように 柔らかい空気をまとった に、
八戒の言った 家族ごっこが それほど大変だったのかと いぶかしく思った。
「 気を張っているようだが どうした?」
「いえ もう大丈夫です。原因がわかりましたから・・・・・。」
「緊張していた事は 認めるんだな?」
「はい なんだか 慣れない事なので、気を張っていたみたいです。」
「家族を装うことが大変なら 明日からは止めるからそう言えよ。」
「大変ではありません。むしろ 楽しいです。
家族という幸せも この世の中には存在しているんだな〜と 思いましたし、
それを こうして 三蔵と味わうことが出来て 幸せです。」
そう言って は 遠い眼をした。
その横顔を見ながら はきっと 金蝉を思い出しているんだろうと 三蔵は思う。
擬装ではない 本物の婚約者だった男の事を は今どう思っているのだろうか。
死んだ奴に 嫉妬した所で どうしようもない事は わかってはいるが、
目の前にいる俺を見て欲しいと 死んだ奴など忘れろと言いたい気持ちを
煙草で紛らわす三蔵だった。
は 男としての自分を珍しく抑えない三蔵に 戸惑っているだけだったのだが、
なんだか 三蔵の機嫌が下降気味になってきて
普段の様子になったので 笑みが浮かんだ。
「今日は珍しく 皆の前で婚約者などを装っていらしたから 三蔵の方が
お疲れになったのではありませんか?
慣れない事は 大変ですものね。
三蔵にはお気の毒でしたが、私はとてもうれしかったです。
本当の婚約者になったみたいで 楽しかったです。」
そう言うと 微笑んで 三蔵の座る椅子の側まで来た。
側に来たの腰に腕を回して 抱き寄せると、
三蔵はの胸に額をつけてつぶやいた。
「婚約者という言葉を聞いて 金蝉を思い出していたのではないか?」
「そんなことないですよ、三蔵。
それよりも三蔵の態度が あまりにも普段と違ったので、
そちらに気を取られていました。
正直 今言われるまで 金蝉の事を思い出しませんでしたよ。
まあ それで 機嫌が斜めになったのですか?」
「あぁ。」
「金蝉は もう遠い思い出の人です。
悟空といる時には 思い出したりもしますが、
三蔵といる時には 貴方だけを見ていますよ。
今日は 私の女心が充分に満たされて 楽しい一日でしたのに、
水を挿すような事を仰らないでくださいな。」
「悪かったな、お詫びに の心だけではなく 身体も満たしてやろう。
ここへ 来い。」
三蔵は 今日の自分の行動が を喜ばせていた事を知り うれしくはあったが、
己のつまらない嫉妬を さらりと交わした愛しい女の身体に、愛を刻んだ。
狭いベッドで けだるい身を寄せ合い 囁きあう素肌の2人。
「三蔵、八戒って 9月生まれでしたよね。
三蔵が長男というのと 悟空が四男というのはわかりますが、どうして 悟浄の方が
次男なのでしょうね?」
「ん?あぁ 言われてみれば そうだな。」
「そうでしょ、本当だったら 八戒の方が次男のはずでしょう?」
「どうせ 背の高さか 命の恩人という事で、敬意を払ったつもりなんだろう。
それほどの深い理由はねぇと思うぞ。」
「でも なんだか はまり役という感じで 私は楽しいです。
明日も続くのでしょうか?」
「・・・・さあな、続いて欲しいのか?」
「三蔵の婚約者という事だけでも 続いて欲しいです。」
「そんなことで うれしがるんじゃねぇよ、
普段の俺が を喜ばせてねぇみたいじゃねぇか。
まだ 足りなかったか? じゃあ もう一度教えておいてやるよ。」
婚約者たちの夜は まだ 終わらない。
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