同行案内
三蔵たち4人は とある町に来ていた。
夕刻に着いたため その町で宿を取り 明日は 野宿のための買出しに
一日費やすことにして、出発は 明後日ということにした。
夕食も終わって 宿の一室にて4人が くつろいでいると、宿の主人がやってきた。
「こんばんわ、ちょっとお伺いしますが 明後日の出発の際には、
どちらの道を行かれる予定ですか?
もし よろしければ 次の街まで 同行して道案内をしてくれる
専門の案内人を紹介いたしますが、いかがでしょうか?」
主人のその言葉に、三蔵は 読んでいた新聞を テーブルに置くと
「どういうことだ?」と、尋ねた。
主人の話は 次の通りだった。
この街から 次の町へ行く道は 2通りあり、
片方は安全だが2週間の野宿が続く道。
もう一方は 1週間で着くが 道案内を着けなければならないほど
迷いやすく危険な道だと言うのだ。
その道の途中に 石柱林と呼ばれる谷があり、そこに 迷い込んだら 素人では
まず 出てこれないだろうと言うのだ。
道なき道を行かなければならないために、
この町と次の街には 専門の道案内人がいるので、
その者を雇うなら 口を利こうということらしい。
「どうしますか 三蔵。」八戒が この旅の決定権を持つ 三蔵に伺いをたてた。
「言うまでもねぇ、近い方で行くぞ。」三蔵の 決断は早かった。
「そういうわけですから ご主人、道案内をしてくださる方を 紹介してください。
それとですね、僕たちの旅は 別の意味で危険なので、
道案内のほかに 武術とか出来る人の方が
ありがたいのですが、どうでしょうか?」
八戒は 三蔵の足りないところを 補うように、宿の主人に尋ねてみた。
「ああ、それなら いい子を知っているよ。ちゃんという子なんだけどね。
明日の 午後に引き合わせるとしましょうかね。
町で聞いてもらえば 皆が その子を推薦するはずだから、
俺の見立てに間違いはないはずさ。
お客さんがたもご自分で 聞いてみるがいいさ。」
気のよさそうな 宿の主人はそう言うと、下がっていった。
それまで 黙って聞いていた 悟浄は、ちゃんという名を耳にすると、
「ちゃんだって、かわいい女の子の名前っぽいじゃん。明日が楽しみだねぇ。
俺は その子に違う方の道も 案内して欲しいな〜。」
八戒の 教育的指導を 要するような発言をして、煙草を燻らす。
「俺は その子がいい子だといいな、だって
1週間は一緒にいなくちゃならないんだろ?」
悟空の発言に 八戒は頷くと、「宿のご主人が 言っていたように 僕たちも自分達で、
聞いてみたほうがいいでしょう。ご主人の様子では 悪意はなさそうでしたが、
念には念を入れておかないと、騙されてからでは遅いですからね。」
そう言うと、八戒は 三蔵のほうを見た。
再び 新聞を手に取っていた三蔵だったか、八戒のその言葉に 頷くと、「任せる。」
そうひと言だけ 口に上らせた。
その翌日の 昼下がり、宿の主人に連れられて 道を案内してくれると言う者が、
三蔵たちの部屋にやって来た。
八戒が 午前中に街の情報を集めては見たが、
道案内をさせるにも 腕っ節の強さにおいても
「」という者をおいて 他の者を押すものはいなかった。
「失礼します、お客様。この子が 昨夜お話いたしました ちゃんです。
ちゃん、この人達が 今度のお客様たちだ。よろしく頼むね。
では 私は 仕事がございますので、お暇いたします。」
簡単な説明と紹介を終えると、
宿の主人は にニッコリと笑いかけると 下がっていった。
「こんにちは、私がです。よろしく。
それで お客さんがた 明日は何時に出発なんですか?」
その少女は 淡々と話しかけてきた。
「こんにちは、さん。こちらこそ よろしくお願いしますね。
僕は 八戒です。明日は 9時に出発しようと思っています。お願いする道程に こちらが
用意するものはありますか?ひと通りの装備は 準備していますが、
特に必要な物があれば今日の内に 揃えておきますが・・・・。」
八戒の質問に は 黙って考えている様子だったが、
「旅なれておられる様だし、私が 心配するようなことは ないと思います。
私の食事と荷物は 別にしますので、ご心配なく 頂く代金に入っていますので、
では また明日。失礼します。」そう言うと 部屋を出て行った。
それを見送った 悟浄は 「あんなに可愛い子が
えらく物騒な家業をしているもんだねぇ。
とにかくこの街一番とのお墨付きなんだから、文句はないけどさ・・・。
明日からの一週間は 女の子同伴の楽しい旅になるってもんだ。」
そう言いながら、八戒を見る。
「ええ そうですね。でも さんの腕と案内の確かさは、折り紙つきなのですから
女性と言うだけで 劣っているとは 言えないのでしょうね。」
でも 自分たちとは 深くかかわらない様に しようとする のかたくなな所が、
なぜだか 痛々しく思えた 八戒だった。
次の日 と三蔵一行は 石柱林の入り口で 一日目の野営をとることにした。
宿を出発してからこっち は一切三蔵たちと 話そうとはしなかった。
もとから 静けさを好む三蔵だったが、
の”私には 話しかけるな!”と言う態度と表情には、
いささか 呆れるものがあり 余計に への興味をそそられてしまう 三蔵だった。
八戒が に 火の側に来て 座るように言っても、作った夕飯を 一緒に食べようと
誘っても かたくなに 辞退する。
悟空の無邪気な笑顔にも その態度は 崩れることは なかった。
自分の荷物を積んでいる 連れて来た馬の側に座ると、簡単な夕飯を食べ
毛布を かけて 眠ってしまっていた。
本当に 道案内をするだけで、自分たちと 交わろうとしないに
悟空は 寂しさを 覚えた。
「なあ、八戒。ってさ 何が不安で 俺たちの事をあんなに 避けるんだろう?
確かにさ 1週間だけの付き合いだし、また 会えるかも解らないけれど
あんなのはさ 寂しいと思うんだよね。」悟空は
との旅を 楽しみにしていただけに、元気もなくしょんぼりとしている。
「そうですね、悟空の言うとおりです。
さんは 何かで 傷ついているのかもしれませんね。
悟空は いつもの 悟空らしくしていてください。
そうすれば きっと さんも 少しは答えてくれるかもしれませんよ。
おぼれた人と一緒に 沈んでしまっては、助けあげることは出来ないでしょう?」
悟空の優しさに 八戒は 微笑んで 答えた。
「うん、そうだよな。八戒、ありがとう。」
そう言って 悟空は 毛布をかぶって 寝てしまった。
次の日の朝 悟空の「を助けあげる 大作戦」が、始まっていた。
とにかく 一日中 側にいて話しかけて
ニコニコしている 悟空に 勝てるはずがない。
2日目の晩には も悟空とだけは 少しだけ 話をするようになっていた。
2人で 馬の側に座って 何かを話している。主に 悟空だけが 話していて、
は 相槌を打つか 短い答えを返すだけだが、会話は成立しているらしい。
「さすが 子供の力は 偉大だね〜。今日一日で 城砦を突破しちまったよ。」
悟浄は 2人を見ながら、ポツリとつぶやいた。
「明日は 僕が突破して見せますよ。子供達には 保父さんが必要でしょうからね。」
八戒が 笑顔で 悟浄の独り言に 返事をした。
八戒は 宣言どおりに 悟空という突破口をうまく使って
と親しくなることに成功していた。
3日目の夕方には 悟浄も悟空との喧嘩に乗じて、
近づくことができ その夜の夕食には
まだ 笑顔はないものの も参加して 楽しいものに なった。
月の美しい夜空を 一人眺めていた の後ろに 三蔵は 近づくと、
近くに腰を下ろし 煙草に火をつけると 紫煙を 燻らせた。
「お客さんのお連れの方たちは 本当に 気さくで楽しい方たちですね。
いろんな 人達と旅をしてきたけれど、あんな人達は 初めてです。」
は 三蔵に話しかけた。
「あいつら 馬鹿だからな、おまえも仲間になったんじゃねぇのか。」
月を見たまま 三蔵は答えた。
「信頼しあっているんですね、大事な仲間を 馬鹿だといえるほどに・・・・・」
「いや、本当に 馬鹿なんだよ。それに 仲間ではなく 下僕だ。」
その返事に は こらえきれずに 笑顔になってしまった。
その可愛い笑顔に 三蔵は釘付けになった。
「おまえ 笑っていたほうが いいんじゃねぇのか。」
思わず そう言うと、の顔から笑顔が消えた。
「私もそう思うときがあります。
でも この商売は 人の命を背負って歩かなければなりません。
お客に 信用してもらうためには、笑顔は無用です。
愛想がいいと 信用度が落ちるんですよ。
私が 女だということ それに まだ若いということで、
信用してもらえないなんてことは 日常茶飯時なんです。
無愛想の方が 良いんですよ。
それに 商売が絡んでない時は、ちゃんと笑えますから
心配しないでください。」の言うことも もっともだと 三蔵も思った。
宿の主人の推薦があっても 自分も調べさせたのだから・・・。
「そうか。」三蔵は 深く吸い込んだ 煙を吐き出した。
「でも 正直 悟空さんには 負けましたね。
あまりにも 直球過ぎて 避け切れませんでした。
私が 客を信用すると、私の切っ先が鈍るというか
張り詰めた糸が 切れてしまうようで、ダメなんです。
自分だけを信じ お客を頼ってはいけない仕事だから、
人と接することは出来ても 信頼をしてはいけないんですよ。
だから お客さんたちは 信用に値する人達だとしても、
私は 信頼してはいけないと思っています。
貴方達を 無事に次の街に 案内するということが、
何よりも 私には 優先事項だから・・・。
そういうわけで 出来るだけ 昼間は、仲良くしないでください。
じゃ おやすみなさい。」そう言うと 一礼をして は 戻っていった。
三蔵には の言葉が 心地よく響いていた。
「プロ意識って奴か・・・。」
ただ それが あの少女から 笑顔を奪っているのだとしたら、
残念なことだとは思うが、仕事のためだといった その顔は、
一人前の女のものだった。
己の背負うものの 大きさや重さに 潰されまいとする強さ、
何を優先に守らなければならないのか理解している強さが にはあると感じた。
無愛想な態度の裏側には、馴れ合うことの恐ろしさを 知っている者だけが持つ
己への厳しさが 秘められていたのだ。
翌日からの4日間、の昼間の態度は 変わることなく 厳しく無愛想なままだった。
ただ 野営に移ったときだけは、少しだが 笑顔や話をするようになっていて、
三蔵たちを 安心させ 喜ばせた。
次の街に着いて 別れの時が来た。
「皆さん お元気で、お仕事の成就と 旅のご無事をお祈りいたしております。
ご利用ありがとうございました。」それは 本当に 本当に うれしそうな 笑顔で、
は 別れの言葉を口にした。
それは の仕事が終わって 素の彼女になったからだったに 他ならない。
「 おまえも 元気で がんばれよな。」
「ここまで 本当に ありがとうございました。
さんも 仕事中は、気をつけてくださいね。」
「帰りは最初からもっと愛想良くしてくれよ、いい女なんだからよ・・・ちゃんは。」
「じゃあな。」
「はい、ありがとう。お帰りの時も立ち寄ってくださいね。
皆さんの指名を待ってますよ。」
清々しいまでの 別れの言葉に 4人は明るく出発する。
ジープに乗り込むと、を そこに残して 去っていった。
自分たちと同じように 日々危険と隣合わせのが 帰途に着いて寄った時にも
あの笑顔で 無事でいてくれるようにと、4人は 願わずには いられなかった。
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旅のひとコマって感じで 書いてみました。
友情リクエストを 頂いた こずえ 様、ありがとうございました。
キーワード 「人と接することは出来ても 信頼することは出来ない」
「貴方達は 信用に値する人だと思う でも 私は 信頼できない。」
の2つでしたが、うまく使えていたでしょうか?
