Break through 1




返信部分が付いている往復はがきの宛名は私だった。
内容は中学のクラス会。
こんな時期外れに?と、疑問に思った私は玄関に立ったままで案内文を読む。
どうやら、当時の担任の先生が職を辞するらしい。
そのために先生を囲んでクラス会をするということのようだ。
私たちが先生が最後に担任を受け持ったクラスだった。
その後は一線から退くような形で、講師と言う身分で勤めていたという。
それも完全に辞めてしまうと誰かが聞いて、この会を開くことにしたのだろう。
日付を見ると1ヵ月後。
返事は1週間後までにと記してある。



大学生であるクラスメイトでこの地を離れている者は無理かもしれないが、
私は自宅から通える大学に入ったので、出ようと思えば出られないことはない。
こんな時には、たいてい龍介と鷹介の予定が書き込んであるカレンダーを見てから
自分の予定を立てるのが常だ。
龍介と鷹介が、そういうことを私に要求することは少ない。
けれども恋する女の子ってみんなそうするでしょ。
彼氏との時間と彼氏のスケジュールを優先するよね。
葉書に指定してあった日付は空欄だった。
「じゃ、出席っと。」
ペン立てからボールペンを摘み上げると、『出席』に丸を付けた。



葉書が来てから1ヶ月。
先生の退職記念とは言っても、クラス会はクラス会。
やっぱりお洒落して行きたい。
と言うことで、私はワンピースを新調した。
だけど、その日を明日に控えて、私は目の前の彼氏2人にお説教をされている。
私が選んで買ってきた洋服は、どうやら龍介と鷹介はお気に召さなかったらしい。
龍介は腕組みをしたまま無言だ。
今までになく、機嫌が悪そうだ。
もの凄く眼光鋭くて、その視線で切られそうな感じ。
一方の鷹介は、いきり立った雄牛のよう。
さっきから行ったり来たりとせわしなく部屋を歩き回り、「もう、もう。」を繰り返す。
私はそんな2人を見ながら、どうして良いか分からなくて
ベッドの上で小さくなっている。



なぜ2人に服のことを知られたかといえば、ハンガーにかけて吊るしておいたからだ。
今から思えば、うかつだったと言う他ない。
だけど、この位は普通だと思う。
肌の露出も多くないし、胸が見えそうと言うわけでもない。
ちゃんと試着して似合うと思って買ったのだから、
似合わないということでもないと思うけど・・・・。
「ねぇ。」
対照的な怒り方をしている2人に向けて声をかけてみた。
2人の視線が私に注がれて、非常に気まずい。
私が続きを話そうとするのを待っているのか、2人が2人して黙っている。
『早く話せ。』と、言わんばかりだ。
「あのね、このワンピでクラス会に行っちゃいけないっていう2人の気持ちは
十分に分かった。
でもその理由ってなに?
私に似合わないとか、T.P.O.に合ってないとかで反対しているの?
はっきり言ってよ。」



言わないけれど、結構いい値段したんだよね。
自分の本の挿絵とか表紙絵とかを、龍介は私を指名して描かせている。
作家さんは自分の本に対して、そういう発言は可能だそうだ。
他の人には脱稿するまで読ませないそれを、私には絵を描かせるために
前もって読ませてくれる。
雰囲気やイメージもあるからだと思うけど。
何よりも信頼の証。
おかげで私はバイトとお小遣いの収入に事欠かない。
しかも商業的に大きい規模なので、学生で無名な私にさえ結構な金額が支払われる。
その原画は、アトリエにしている我が家の部屋に保管している。
使用料としてお金をもらっているだけで、作品自体は売りに出していない。
お金をもらっている時点で、プロなのかもしれないけれど、
作品を売るほどにはプロじゃないと思っているから。



そんなお金を使って買ったワンピだから、本当なら着ていくのに
2人の許可が必要だとは思わない。
けれど、もしそれを実行したら・・・・・。
ちょっと怖くて想像できない。
「がぁ〜、俺じゃ駄目だから龍介頼む。」
両手を髪の毛に差し入れて、くしゃくしゃにしながら鷹介がうめいた。
そんなに駄目なのかと思ったら、なんだか情けなくなる。
美大に行っているというのに、そこまでセンスがないのだろうかと、
不安な気持ちが押し寄せてきた。



そんな私に気付いているように、今まで鋭い目をしていた龍介が、
その瞳の色を変えて緊張した空気を柔らかく解いた。
、大丈夫。
が心配しているようなことはないよ。
このワンピースがに似合わないとか、
センスがない服だとか思っているわけじゃないんだから。」
無理にと言う感じではない微笑に、少し安堵する。
龍介は、お世辞は言わない。
それが彼のポリシーだから。
「じゃあなぜなの?
どうして怒ってまで反対するの?」
それは素朴な疑問だ。
私の問いに、2人は顔を見合わせる。
どこかその理由を言いたくないような空気を感じる。
「別に言いたくないのなら、言わなくても良いよ。
その代わり、そのワンピースを着て行くからね。」
私の言葉に、2人は頷きあった。



目の前に座った龍介が、その指の長い大きな手の平を私の頬に添える。
親指で頬を何度か撫でる。
「つまりだ、似合いすぎているから反対なんだ。」
「・・・は?」
似合っているのならそれでいいはずなんじゃないだろうか。
反対するその理由の意味が今ひとつつかめない。
「だから、そのワンピース。
に凄く似合っている。
でもそれだけじゃなくて、その・・・女の子には分かんないかも知れないけれど、
それをが着ると、かなりそそるんだ。
だから、駄目なんだよ。
僕と鷹介が一緒だったらいいんだ。
守ってあげられるし、に誰も触らせないから・・・・。
でも、今回はそれが出来ない。
1人で行かせなきゃならないからね。
僕と鷹介の男のエゴだと思って、許して欲しいんだ。」
怒っているんじゃなくて、心配しているからこその反対。
そんなことを言われれば、彼女として女として嬉しくないはずがない。



「うん、2人の気持ちは分かった。
このワンピは、次のデートに着ることにするね。」
別に着るなと言われているわけじゃない。
それに反対されている理由がなんだかとても嬉しくて、
従ってしまいたくなるのは、私が龍介と鷹介が好きだから。
そんな自分でもいいなと思う。
ベッドの端から立ち上がって、かけてあるワンピをクローゼットに片付けた。
「だとしたら、どんなのなら着て行ってもいいの?」
後の2人に相談してみる。
その私の問いに「じゃあれ出すか。」と、龍介が廊下から大き目のショッパーを
部屋に持ち込んだ。



「何それ?」
「ん、はお茶やっているから着物着れるだろ。
だから、ワンピース感覚の気軽な着物なら、デートに着て欲しいなって思ってさ。
実は用意してたんだ。
この間、駒場の方に用事があって出かけたんだけど、
井の頭線に乗る前にちょっと渋谷でデパートに寄ってさ、そこで。
既製品の着物だからフルオーダーに比べれば落ちるけど、
ファッション的には軽いからね。
クラス会のような集まりにはいいだろうと思うよ。」
龍介の説明を聞きながら、ショッパーからその着物を取り出す。
さすがに有名デザイナーが監修しているだけのことはある。
着物といえど大正ロマンと言う言葉を使っているからか、
古いけれど華やかでロマンチックな柄置きと色合い。



「可愛いね。」と、素直に言葉にした。
「そう、気に入ってくれたのなら良かった。
僕からのプレゼントだから、着てくれれば嬉しいよ。」
龍介がメガネのフレームを押し上げて、少し目を細めて言う。
いつもの鋭い視線とは違って、優しい目だ。
「でも これワンピースが何枚も買えるほどすると思うけれど・・・。」
だって、着物とそれに合わせた帯、長襦袢に草履に小物まで揃えてある。
ちゃんとプライスタグは取られているから、はっきりとは分からないけれど、
そんなに安くないはず。
、龍がせっかく買ってくれたんだし、そんなこと気にしないの。
俺からのプレゼントの時にそんな反応されると落ち込むな・・・俺。
だいたい、最近の女の子って貢がれてなんぼだって言うんだろ?
それなら、俺と龍は大学生にあるまじき小金持ちなんだから、
貢がれておけば良いんだよ。
お礼がしたきゃ、にっこり笑ってキスの一つもしてくれたら、
十分報われちゃうものさ。
それか、脱がすの手伝うとかの特典つけるとか・・・・。」
そんな鷹介の横槍に龍介は笑いながら頷く。



「鷹介、そんなこと言ったらが反応に困るだろ。
お前はすぐにそうやって、ものごとを要約しすぎるんだから。
も鷹介の言葉は気にしなくて良いからな。
でも お礼に困るというのなら、明日はクラス会の後デートしよう。
休日にやるくらいだから、終わるのも遅くはないんだろ?」
龍介の言うとおり、クラス会は社会人もいることから休日になっている。
それに先生の年齢なども考えて昼食を挟んでの会にするのか、
11時開始と葉書には書いてあった。
多分、2時くらいには一次会はお開きになるだろう。
そのことを告げると、「じゃあ、2時頃に迎えに行くよ。」と、
龍介が言って鷹介は「了解。」と頷いた。




※Break through
「突破」と言う意味だが、軍事用語では「突破作戦」の事を指す。
チェスでは「駒を犠牲にして相手陣地に突入する事」。





2005.03.16up
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