罵声の浴びせ合い



全ての夫婦が仲良く結婚生活をおくれるとは限らない。
それは、とても悲しい事だけれど・・・。

頭の上を飛び交う大声に、私は思わず耳をふさぎたくなる。
一緒に社務所を維持している彼の祖父母は、この地域の人たちからとても慕われている。
私も孫息子の嫁としてだけでなく、色々と力になり可愛がってもらっている。
だから、知り合いから相談事を持ちもまれたり、揉め事の仲裁に借り出される事もしばしばだ。

今日もあるご夫婦が祖父母夫婦を頼って社務所に訪れた。
お茶を出しに座敷に行ってびっくり。
まさに夫婦喧嘩の真っ最中だった。
義祖母の脇に静かに座る。
その前にそっと湯飲みの乗ったお盆を置いた。
「今出しても無駄でしょうから、後で私が出しておきます。
貴女はこんな場面を見てどう思う?
これでも、この人たちそれはそれは愛し合って結婚したのよ。
愛する事は簡単なことかもしれないけれど、愛し続けることはとても難しいことね。
何か感じる事があったのなら、それを忘れないで。」
小さい声だけれど、とても大きな言葉を囁かれた。
思わず手をついて頭を下げてお礼の気持ちを表す。
背中に優しい手の感触を感じた。

部屋を辞して廊下に出た。
まだ続いている怒声に、なんだか切なくなって涙がにじむ。
と、そこへ社殿から戻ってきた彼がこっちに歩いてきた。
こんな所を見せたくなくて、背中を向けて涙をぬぐう。
そのまま廊下を歩いて事務所に向かおうと角を曲がった。
途端に後ろから抱きつかれて歩みが止まる。
「なに、どうしたの?
なんか泣いてるみたいに見えたけど・・・。
あの人たちに何か言われたのか?」
心配げな声が耳元に落ちる。
「ううん、違うの。
好きで結婚したんだっておばあ様にお聞きしたら、将来私達もあんなふうにケンカするのかなって、そんな事を考えたから・・・。」
「馬鹿だなぁ。
僕達があんな風になると思う?
なるわけ無いじゃないか。
僕の可愛い奥さんは心配性だね。」
彼は、楽しそうに笑ってからかう。
それでも私を抱きしめている腕は、少し力を増した。

「僕は、優しい言葉を聞きたい時は、自分が口にする事にしているんだ。
そうすると、たいていは言って欲しい相手もそれを口するからね。
『好きだ』って言えば『私も好き』とか、言ってくれるだろ?
相手に大事にされたいのなら、先ず自分が大事にしてあげる。
愛して欲しいのなら、先ず自分が愛する。
そうして初めて欲しいものが得られるんだと思うんだ。
だから、こうするの。」
大きな手に顔だけ振り向かされて、そっと彼の唇が私のそれに触れた。





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