ビンタ
足元がぐらっと来て私は思わず「うわっ。」と声を上げた。
1メートルほどのそう高くはない脚立に登って、賓客を迎えるための部屋の豪華な欄間の埃を毛はたきで落としていた時に、偶然とはいえ地震が来たのだから。
誰だって、驚くと思う。
社務所のお仕事だから、神官の女性用の着物とはかまを着ているわけで。
動きづらかった事も手伝った。
思ったより揺れた脚立は横倒しになって、それに乗っていた私も当然のことながら落っこちた。
投げ出された瞬間に身体を丸めたものの、彼のように空手などの武道系には縁のなかった私は、板の間の床に落ちた瞬間痛みを全身に感じた。
頬にわずかな刺激と痛みを感じて、私の意識は暗く静かなところから、明るく音のある世界へと浮かび上がった。
「あぁ、やっぱり来てみてよかったよ。
何処か痛いところはない?」
私の顔を心配そうな表情で覗きこみながら、彼が大きく安堵の息を吐き出した。
どうしてこんな状態になっているのか、それを考えて初めて、脚立から落ちたのだと思い出した。
「すぐには動かない方がいい。
とりあえずは・・・っと、ここに寝て。」
私の身体を横抱きに抱えあげて、彼はソファに下ろしてくれた。
いつも優しい彼だけれど、今は本当に壊れ物を扱うようだ。
そっとそっと・・・そんな言葉が聞こえてきそうなほどに。
「この部屋に入って、床に倒れているのを見ただろ?
もう、心臓が止まるかと思ったよ。
息をしているのを確認して、どれだけほっとしたか。」
そのあわてぶりを想像して思わずクスッと笑ってしまう。
「笑ってる場合じゃなかったんだぞ。」
少し怒った彼に「ごめんなさい。」と、心にもない謝罪を贈る。
「ま、いいけどな。
じゃ、何処にも異常がないか少し動かしてみるか。」
腕や足を動かして、痛みがないか確認してくれた。
身体を動かして分かった事は、打撲と言うほどでもない、打ち身程度の痛みで終わったらしいってこと。
それでも、大事をとって今日は早退することになった。
もちろん、彼も一緒だ。
「同じ意識がないのを見るのでもさ、ああいうのはもう御免だ。」
参道に落とされた一言に、自分が今、彼のそばに居る事を伝えたくてそっと手を繋いだ。
彼の手がしっかりと私の手を包む。
「俺が先って決めてるんだからな。
こう、手を取ってさ。愛してる、先に行って待ってるから・・・って。
そうやって目を閉じるってさ。」
立ち止まって私を見る彼。
そっと寄り添えば背中に彼の腕が回った。
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