虐げる




彼女は先日僕の実家から持って帰ってきた神話の漫画版をひろげて読書中だ。
小学生や中学生でやったこととは言え、神様時代のことはよく解明されていないし、古墳や遺跡もないから憶測だけだ。
多分、日本書紀や古事記にしたって当時の人たちが口伝で伝わったことを、まとめたに過ぎないだろう。
でも、現代の僕たちは、それに頼るしかないわけだし、これからの彼女には必要な知識なのだから、覚えてもらうしかない。
漫画だから、読みやすいと思うし、理解しやすいだろう。

僕も小説のペーパーバックを手にして、彼女の読書に付き合う。
時々、ちらりと見てしまうのは、彼女の表情が話の内容で変化するからだ。
無意識だろうけれど、そこがとても可愛い。
小説なんかよりよほど面白いけれど、あまり見つめると視線に気づかれてしまう。

あぁ、なんだか悲しい場面のようだ。
彼女の表情が曇ってしまった。
いや、あれは悲しいのではなく、少しお怒りのご様子。
いったいどんな場面を読んでいるのか。
なんだか気になる。

「どうしたの?」と、声をかけてみた。
「ん、神様達って、随分大人気ないことをしたりしているんだね。」
彼女はそう言って、読んでいるところを僕に見せた。
「仕方がないよ。
だってそれが神様なんだもの。
気性も荒くて、気分屋でさ。
かなり子供っぽいところがあると思うよ。
だからこそ、仏様よりも大事に扱う必要があるんだ。」
「仏様より?」
僕の講釈に、彼女は興味深げに相槌を打つ。
「そう、仏様は悟りをひらいた人のことだからね。
慈悲と慈愛に満ちているから、あまねく全ての人に平等さ。
それこそ、悪人にもね。
だけど、神様は違う。
ご機嫌を伺い、貢物をして、お参りをして初めて恩恵をいただける。
それに人の欲を叶えてくれるという、人間臭いところがあるから。
だからこそ、こうしてかしずいているんだけどね。」
僕たちの仕事を思い出して、彼女は納得しているようだ。

「なんだか、神様って人間っぽいね。
それも駄々っ子。」
ちょっと困った表情で、彼女がそう口にした。
「日本人の先祖だって言う節もあるんだもの。
人間っぽいのは当たり前なのかもしれないよ。
そういう視点で見れば、先祖を敬って願を掛けるのと同じかも知れないな。」
「そうだね。」
そう言って、彼女が漫画に視線を戻した。
人間臭いと思うのは、神話がその辺のドラマより劇的でロマンチックなせいかも知れないな。
数話のストーリー展開を思い出して、そんなことを思った。





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