ひいな




子供の頃から彼女の成長を見守ってきたという点では、このお雛様と俺はいい勝負が出来るかもしれない。
隣でうれしそうに箱からお雛様を出しては、ほこりを払い小物をつけ赤い毛旋の上に並べている彼女の様子を見ながらそう思った。
お天気がいいとはいえ、まだ肌寒い季節。
けれども、1年ぶりに出したお雛様の箱には、それなりにほこりが積もっている。
その掃除もかねているからか、窓は全開だ。
外からは、春の匂いとでも言うのだろうか、何処か土臭くかと言って泥臭くはない緑の匂いがわずかにする。
次の人形を手にして窓辺に寄った彼女が、はけでほこりを払った。
箱の中の人形は、それはそれは丁寧に頭は和紙で包まれて、全体も大きな紙で包まれているから、払うほどのほこりはないはずだ。
けれども、そうしなければならないようだ。
と言うか、さっきからその繰り返しだ。



雛人形を飾るところなど見ていて少しも面白くはないのだが、彼女が愛しげに人形を扱い、並べていくのを見るのは悪くない。
むしろ、彼女を堪能すると言う点では、彼女が人形に集中してくれていて、何物にも邪魔されなくて好都合だと言ってもいい。普段はじっと見つめると、その視線に気づいては恥ずかしがって俺の視線や視界から逃れようとする。
それが出来ないと、俺の気を自分から逸らそうと躍起になる。
可愛い顔でそんなことをされるとうれしいばかりなんだが、本人はいたって真剣だ。
好きな人を好きなだけ見つめていたいというのは、とても自然な要求だと思う。
まして、俺と彼女は将来を誓い合ったといっても、離れて暮らしているから、そうそう簡単にも会えない。
だから、会ったときは彼女の全てを見ていたいと願う。



「ねぇ、お兄ちゃん。お内裏様だけおにいちゃんが飾ってくれない?」
「ん?」
言っていることが良く分からなくて、彼女を顔を見て首をかしげた。
「だから、お内裏様をお兄ちゃんに飾って欲しいの。お内裏様って、これ。」
そう言って彼女が指し示した人形は、ひな壇の一番上に飾る男のお雛様の人形だった。
親王飾りとも言うらしいが、彼女は童謡の歌詞の名称を使う。
見れば、既に他の人形や小物は飾られてしまっている。
残るのは最上段の1対の人形だけ。
「いいけど。」
渡された人形はその他のものに比べて大きく作ってある。
だからだろう、小物も多いらしく色々着けている。
それを両手で持って雛段の横に回ると、一番上の屏風の前に更に置かれている段の上にその内裏様とやらを乗せた。
向こう側からは、彼女が女雛を持って同じように飾っている。
雛壇越しににっこりと微笑まれる。



前に回って飾りあげられたお雛様を見た。
俺の横にはもちろん彼女が寄り添う。
「ねぇ、お兄ちゃん。お雛様って結婚式の様子なんだよ。知ってた?
三人官女が三々九度のお道具を持っているでしょ?で、五人囃子が雅楽を演奏するの。このお道具は、嫁入り道具ってわけ。
1年に少しの間だけしか出しておけないなんて、勿体無いよね。ずっと飾って見ていたいな。」
上の方から人形を指差して、説明してくれる。
なるほどそう言われてみれば、そう見えなくはない。
彼女が男雛をわざわざ俺に飾らせたわけが分かった。
それで、昔から期日が来たら片付けなければ嫁に行き遅れるとか言われるのか。
それも納得できるなと思った。
「じゃ、これ持って俺ん所へおいで。ずっと飾って置けるよ。もうどこにもお嫁さんに行かなくていいから。」
背中から腰にまわした手に力を入れて、彼女の華奢な身体を引き寄せた。



その腕を軽くたたいて彼女が腕の中から離れる。
「もうっ、最近お兄ちゃんてばその話ばっかり。まだ、もう少しこういう間柄でもいいでしょ?
せっかく幼馴染から恋人になったって言うのに、すぐに結婚してしまったら、恋人じゃなくなるもん。
そんなに急がなくても大丈夫、私には他に誰もいませんから。」
ちょっと拗ねた顔をして、俺を睨みつける。
その頬は自分で言った「恋人」なる言葉への羞恥心で桜色に染まっている。
あまりの可愛さにのどの奥でククッと笑ってしまう。
「あぁっ、笑ったでしょ、私のこと。また、子ども扱いして。」
そう言って本気じゃないだろうが、拳を振り上げてきた。
その手首を掴み取って、柔らかくて抱き心地のいい身体をもう一度腕の中へと抱き寄せる。
以前とは違い、出来る限り自宅に帰っては彼女と会う。
母親にはからかわれるがしょうがない。
そうしなければ会えないのだから。
時には彼女が尋ねてくれるが、俺の方が動くことが多い。
俺としては早く同じ籍に入れて、いつでもそばに居て欲しいというのに、彼女は恋人になったことが優先していて、なかなかその先へと話を進めさせてくれない。
おかげでこんな風に拗ねた彼女の機嫌をとることになってしまう。



それもこれも惚れた弱みとあきらめるしかない。
抱き込んだ彼女の耳元に唇を寄せて、軽いキスを贈った。
「子ども扱いなんかしてないって。してたら、こんな事しないだろ。
ただ、いつまでもこのままじゃ嫌なだけだ。毎日その可愛い顔を見てその声を機械越しじゃなく聞きたいだけだよ。
それに・・・」
「それに?なに?」
腕の中の彼女が顔を上げて、俺を見た。
「ん、それにだ。結婚したって恋人同士だろ?俺はずっと好きだし、愛し続ける自信があるぜ。」
リップノイズをわざとさせて染まった頬にキスをする。
うれしそうに笑った笑顔は、春そのもののように感じた。




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2006.03.13up