人 日




人気のない夕暮れの道を歩いての家路。
彼と私のこれまでの記念日を数えてみる。



先ず、1つ目は付き合おうということになった交際記念日。
あれは本当に思いもよらない告白だった。
けれどずいぶん前から彼のことは好きになっていて、いい人だと思ってたからうれしかったなぁ。
だって、彼ってば大学でも結構有名なイケメンだし、性格だってとてもいい。
彼女になりたい子なんか、石を投げたら当たりそうな位にたくさんいると思う。
そんな選り取り見取りの中からどうして私なんて選んだろう。
友人でさえも不思議だと首を傾げるくらいだ。
ん、そうなんだよね。今でもそれは不思議に思っている。



2つ目は、初デート。
緊張からかお腹が痛くなった私。
でも、せっかくのデートだからとずっと我慢していた。
おいしいケーキの店に連れて行ってくれたのに、あまり食べられなかった。
後に打ち解けてからそのことを話したら、彼も実は緊張してそんな私に気づかなかったらしい。
とにかく女の子の喜ぶことイコール甘いお菓子という図式の元、雑誌に載っていたお店に行ったと言ってくれた。



3つ目は、初キス。
彼を見かけだけで判断して、女の子との色んなことは慣れているのだとばっかり思っていた私。
けれども、実はそんなことなくて、彼はとってもシャイだった。
経験がないわけじゃなかったらしいけれど、いつも女の子の方が積極的で、押されっぱなしの受身だったんだって。
だから、初めて自分から積極的に行動しなければならない私とのことは、とても恥ずかしかったみたい。
今までの人と違う・・・それってとてもうれしい。



4つ目は、喧嘩。
私があんまり自分を卑下して言うものだから、彼が怒った。
それが初めての喧嘩だったと思う。
でも、無理もないことなんだよ。
彼の周りには私なんてどう見ても刺身のつま程度にしか見えないような綺麗な女の子やスタイルのいい子がたくさんいるんだもん。
比べるなって言う方が、苦しい。
ついつい、「私なんて・・・」って言葉を口にしてしまう。
彼はその度に「そんなことないのが分からないの?」と、言ってくれたけれど。
素直になれなかった私に、彼はついに怒ったんだよね。
売り言葉に買い言葉。気づいたら彼に背を向けて走っていた。



5つ目の初めてのエッチは、その喧嘩の仲直りした記念。
彼が「どんなに言葉にしても、分からないみたいだから・・・。」と、身体で分からせるために口説かれてしまった。
彼の熱い身体や苦しそうに吐かれる吐息。
それらがみな私のせいかと思うと、うれしいような悲しいような不思議な気分になった。
彼の心も身体も私を求めているということが、とてもうれしかった。



6つ目は、さっき目の当たりにした事実・・・彼の浮気発見日。
いつかこんな日が来るんじゃないかと恐れていた。彼の心が私から離れてしまうって。私に飽きてしまうって。
だって私はあまりにも彼にふさわしくない。そんなこと、今までに何度もダメ押しされてきた。
けれども、その度に彼は私を励ましてくれたし、愛を信じさせてくれた。
私も出来るだけ素直に、彼の言葉を信じてきた。けれども、さっき見たのは夢でもお芝居でもなく事実。



もう残された記念日は1つだけ。考えるのもいやな記念日。
出来ることなら7つ目は、他の記念日にしたい。そんなことを思いつつ家路をたどる。
後ろから誰かが走ってきた。だんだん近づいてくる。
もうすぐ私を追い抜くのだろう。そう思っていたら、突然すぐ後ろで止まった。
「待って。」
声に覚えがあるから振り向く。予想通りに彼が肩で息をして立っていた。険しい顔をして睨むように私を見ている。どうやら最悪の記念日に決定だ。
せめて今は泣くまいと思う。泣いたって何も解決しない。
唇をぎゅっと噛んで、涙をこらえて下を向いた。



ふわっと優しく抱擁される。
「バカだなぁ。そんな顔しちゃって、さっきのを誤解したんだろ?」
彼が抱擁を少し緩めて、私を覗き込む。
頷いていいものかどうか迷っていると、彼が抱擁を解いて手をつないだ。
「駄目だな。まだ分かっていないらしい。やっぱり身体に教えないと。」
その言葉に思いっきり動揺してしまう。
「えっ、もうそんな無理しなくていいよ。私のことは今日で終わりにして。」
裏切られた上に身体でつなぎとめられるなんてごめんだ。
後から考えて惨めになるような事はしたくない。手を振りほどこうと、何度か振ってみたが無駄だった。
「放さないよ。ここで手を放したら、二度とはつかめなくなるから。」
背中を向けたままで彼がつぶやいた。
「あれはね、母方の叔母のところの従兄弟だよ。
最近の小学生は発育がいいから、身体は大人みたいに見えるけれど、あれで小学6年生だから。思いっきり対象外だからな。子供だからさ、じゃれて抱きついていたのを見て誤解したんだろ?」
いまどきそんな苦しい言い訳ってあるだろうか。落ちとしてもありきたりだ。嘘かもしれないと思う。
だから返事に詰まった。



不意に歩いていた足を止め、彼が振り向いた。射るような視線に見つめられる。
「さっきさ、指を折って何か数えてただろ?
僕が浮気したかもしれないと思ってるときに、いったい何を数えてたの?」
怖くて視線を合わせられない。
けれども、逃げることを許さない眼差しに重い口を開いて、記念日の話を説明した。
「じゃ、今回のことは返ってよかったのかも。」と、彼が安堵したような表情になる。
困惑して首をかしげたまま彼の顔を見上げる。
「昔から言うだろ。
8回目を縁起良いものにするには、7回目に厄除けをしなくちゃ駄目だって。
邪気をはらって、運気を良くしないとな。今回の7回目の記念日は、嫉妬記念日だな。」
彼の笑顔に8回目の記念日を思って、私の頬も緩んだ。



※人日
人日とは、文字通り "人の日" の意味。
中国は前漢の時代、東方朔が記した占いの書には、正月1日に鶏、2日に狗、3日に羊、4日に猪、5日に牛、6日に馬、7日に人、8日に穀を占ってその日が晴天ならば吉、雨天ならば凶の兆しであるとされていました。
ですから、7日の人の日には邪気を祓うために、七草の入った粥を食べ、一年の無事を祈ったのだともいわれています。


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2006.01.16up