冬 至
彼女は友達以上、恋人未満。
僕は彼女が好きだから恋人になりたいって思っているけどね。
知り合ったのは、会社の同僚に拝み倒されて無理に出た合コン。
僕なんて桜だって分かってたから、女性陣に相手にされないようにと、出来るだけ目立たないように参加してた。
隣に座った彼女とは、無難な話をつないで時間をつぶす感じ。
それなのに彼女との会話はとても楽しかった。
「今夜は誰かのピンチヒッターでサクラでしょ?」
そう問われて思わず「分かります?」と答えてしまった。
「やっぱりなぁ。うん、そんな気がしたんだよね。
だって、あの人達みたいに遠洋漁業に出てきたって感じしないからね。」
「遠洋漁業?」
「うん、ま、そんな感じでしょ。自分の会社の近海じゃいい魚がいなかったから、遠くの海まで釣りに来たって感じで・・・・ね。」
他社の女性との合コンをする男をそんな風に言う人って初めてだった。
かなり辛口な批評。だからこそ、強く印象に残った。
それがきっかけで彼女の話に引き込まれていて、周りには僕たちはすっかり出来上がっていると思われたらしい。
他にもカップルが出来たと言うことで、二次会は行われずカップル単位での行動と言うことになった。
彼女は帰るつもりなのだろうみんなの背中を見送った後、駅に向かって歩き出した。
「送るよ。」
急いでそれに追いついて声をかけた。
「いえ、大丈夫ですから。」
合コンを遠洋漁業といった彼女と、これを逃せばもう二度と会えないと思った。
参加した僕の同僚の誰かがカップルになって、今夜来ていた誰かと付き合いでもしない限り彼女の連絡先を知る手立てもない。
確かに会社名は知っているけれど、支社も含めたら大変な人数だ。
とても彼女を探し出す自信がない。
それに、ストーカーみたいでそんなことをしたら嫌われそうだ。
迷惑そうな彼女を一人歩きは危ないからと口説いて、何とかアパートまで送った。
もうすぐ一年で一番夜が長い日がやってくるから夜も長い。
それにここのところ物騒な事件が続いている。
その道中で彼女の携帯番号とメールアドレスを聞いた。
彼女が欲しくて焦っている訳じゃないという所を見てもらってからと思い、友達づきあいを提案してみた。
それから月に1〜2回の友達デート。
決して負担にならにようにと、出来る限りそういうムードになることを避けていた。
けれども、そろそろ5ヶ月になる。恋へのステップアップがあってもいい頃だ。
映画の後のいつものティータイム。
場所は気軽なファミレスにした。
今回のデートで彼女へ告白をしようと決めてきた。
僕のことも十分に知ってくれたんじゃないかと思うから、例え振られても残念だが納得できる。
いや、それはやせ我慢かな。
兎も角、どうやって彼女にそれを切り出すか・・・だ。
彼女の視線がテーブル脇のサイドメニューへと注がれている。
季節のフルーツを使った美味しそうなデザート。
「食べなよ。」
その三角柱の紙を手にして、彼女の前へと差し出してやる。
「そうしようかな。」
僕からそれを受け取って、彼女は嬉しそうにメニューを選ぼうとしている。
伏せた瞳が色っぽくてどきりとする。何時までも友達じゃいられない。
彼女に渡したデザートメニューの三角柱の隣に、何処の店でも目にするお客様アンケート用紙があった。
その4項目目の質問を読んで僕はあることがひらめいた。
彼女がまだメニューで迷っているのを確認してその用紙を1枚手にする。
一緒にさしてある鉛筆を手にすると、アンケートに答えていった。
『〜お客様アンケート〜
1、料理のお味はいかがでしたか?
おいしい、○普通、まずい
2、当店のサービスはいかがでしたか?
○満足、普通、不満
3、何回目のご来店でしょうか?
○初めて、2回目、3回目以上
4、本日はどなたとご来店ですか?
家族、友達、恋人、その他
ありがとうございました。
用紙はレジカウンターに回収BOXがございます。』
4項目目を残して僕は彼女を見た。
「えっとさ、この質問どう答えたらいいと思う?」
「ん、なあに?」
彼女がそう言って、僕の手元を覗き込んだ。
「うん、これ。
『本日はどなたとご来店ですか?
家族、友達、恋人、その他』だって。
僕たちってまだ友達かな?
それとも・・・。」
伺うように彼女の顔を見る。
「えっ、あぁ、そうねぇ・・・・・。」
彼女は少し頬を染めて紙の上の文字をじっと見ている。
僕は彼女の反応を待つことにして、そのまま沈黙していた。
「それ貸して。」
彼女の一言に、僕はアンケート用紙と鉛筆を彼女に渡した。
『○恋人』
と、彼女は丸をして用紙を僕に返してよこした。
「なってくれるの、彼女に?」
「これからは迷わないで、○してね。」
「ありがとう。」
テーブルの上の彼女の華奢な手に僕の手を重ねる。
ここがファミレスでなければキスくらい出来たのにな・・・と、ちょっと悔しくなる。
「ねぇ、これ食べていい?」
沈黙を破って彼女は開いている手でデザートの1つを指差した。
「もちろん、いいよ。」
「恋人のおごりで?」
「ん、僕のおごりで。」
その彼女の切り返しに、緊張していた空気が緩む。
寒く長い夜も明けない夜はないのだと思った。
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2005.12.11up
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