7月7日 七夕




突然の電話は懐かしい声。
「大学の下見に上京しようと思うんだ。
で、ついでに少し観光したいんだけど、案内してくれよ。」
彼は地元で浪人中の身。
私は合格して上京して学生をしている。
「何で私?あんたなら、こっちに出ている友達おるやろ?
それも男の。
その人に頼んだ方が泊めて貰えるんと違う?私のとこ狭いし、とても泊められんよ。」
彼からの電話は嬉しかったけれど、何で私なのかがわからない。
高校は地元じゃ知らない者がいない進学校だった。
だから、上京して進学している友人もたくさんいる。
私の通う大学には、たまたま私一人だけれど、彼の志望校は私の大学じゃない。
なぜなら女子大だから。



「相変わらず、きっついなお前は。俺たち部員、皆それに泣かされたもんだよ。なんかさ、懐かしいよ。別にお前んとこに泊めて欲しいんじゃないから、安心するように。
ただ、せっかくの観光なら、男よりも女の方が良いだろ。こっちはまだ灰色の受験生やってんだぜ。彼女とか、合コンとか無縁の生活してるんだからな。またには女っ気が欲しいと思っちゃうわけよ。
だけど、そっちに女で知ってる奴、お前しかいねぇし。そんな俺に選択権はなかったんだよ。
こんな俺を可哀想だと思うなら、デートの真似事くらい付き合ってくれても良いだろ?」
どっちが相変わらずなんだか知らないけれど、話を聞けば頷けるものもあるので、「あんたと2人でデートって感じにはならんと思うけど、ま、いいでしょ。可哀想な受験生にひとときの夢くらい見せましょうか。」
「おう、サンキュ。
詳しい事が決まったら、また電話するわ。」
本当に受験生してるのか?と思うほど明るい声で礼を言うと、電話は切れた。



彼は部長をしていて、部員の皆には信頼されていた。
中学からのクラスメイトだった私を無理やりにマネージャーにして、部に入らせたのが高校2年の秋。
男ばっかりの部で汗と安物のコロンと土臭い部室に、愛着を持たせたのがあいつだった。
私の性格から、とても可愛いマネージャーになんかなれなくて、下級生からは影で『鬼マネ』とか『悪魔』なんて呼ばれてた。
それでも反抗する部員はいなくて、夏のロードも雨の筋トレも皆黙ってやってくれた。
それはひとえに私の努力なんかじゃなくて、部長である彼の『マネージャーの言葉には絶対逆らうな。』と言う厳命のお陰。
私が怖いんじゃなくて、部長の彼が怖いだけの事。



電車を降りてきた彼は、半年以上スポーツから遠ざかっているせいかどこか温和な表情をしていた。
受験生とは言っても、シーズンまでには少し時間があるせいかもしれない。
「よお、元気そうだな。」
私の記憶の中にいる部活漬けだった高校生の彼は、もう少し日焼けしていた。
だから、今目の前で立っている彼にはどこか違和感を感じた。
大学生と受験生の違いなんて、全然感じない。
「うん、おかげさまで。で、もう下見は済んだの?
どこか行きたいところあるの?」
受験日も1人だからと、彼は大学やホテルの下見を1人ですると言っていた。
だから私と会うのは、本当に息抜きのためらしい。
彼は友人だって少なくない。
だから、私でなくてもこっちに上京して遊んでくれる友人は
選び放題と言ってもいい。何故に私なのか?
それはあっている今現在も不思議でならない。



「お前が彼氏とデートするようなところへ行って見たい。」
「はぁ?」
「だから、彼氏とのデートで行くようなところ。
2度も同じこと言わせんなよな。」
ちょっと拗ねて怒ったようにそう口にする彼。
「ん、言いたい事は分かった。
でもさ、残念な事に彼氏とデートなんてしたことないんだよね。・・・・・いないから。
だから、デートするようなところなんて無理なの。まあ、そういう訳だから、何処でも好きな所を言ってよ。」
気心を知っているからこそ、飾らないで本当のことを話した。
彼には見栄を張ってもしょうがない事は、高校時代から知っている。
そういうところには、とても鋭い人なんだよね。
部長としての信頼が厚かったのも、そんなところが原因だと思う。
「じゃあさ、山手線に乗ってみたい。」
「山手線?」
「あぁ、俺、子供の頃電車好きでさ、ドラマとかニュースに出てくる度に乗ってみたいなぁって思ってたんだ。駄目か?」
「ううん、別にいいけどね。」
住んでいる者にとっては、あって当たり前で、足としてしか認めていない存在でも、乗った事のない人にとってはそういう対象となりえるんだと、そんな風に考えて、山手線に乗る為に移動した。



内回りでも外回りでも環状線だから同じ駅に戻ってこれる。
1時間ほどの小旅行と考えるのもいいかもしれない。
そんなことを考えた。
乗り込んだ時は座れなかったけれど、大きな駅を過ぎたところで2人して座席に座る。
彼は車窓からの景色や駅名に頷きながら楽しそうだ。
時々、思い出したように私を見て郷里の話や共通の友人の話をする。
なんだか穏やかな時間。
そんな私と彼は車内にいる人たちから見たら、どんな風に見えるだろう。
彼の横でその体温を感じながら、そんなことを考えた。
乗る前は1時間も電車でグルグルしてもつまんないと思っていたけれど、それが片想いの彼で、2度とはないデートかもしれないと思うと、過ぎてゆく時間が早く感じられる。次の駅が、降りる駅だ。



腰を浮かそうと身構えた私の手が、隣に座る彼の手でそっと包まれた。
「もう1周しよう。」
離れ難く思っているのは私だけじゃない。
そう思ったら「うん。」と頷いていた。
電車を降りてもこれからどうするかも決めていない。
だったら、このままもう1周してもいいかもしれない。
私の手を包んだ彼の手は、そのままそこに留まっている。
少しでも私が動けば離れていきそうな気がして、私は動けない。
部長とマネージャーとして、いつも一緒だったし話も良くした。
帰りが遅くなれば、いつも家まで送ってくれた。
いつでも話せて触れられる位置にいても、私と彼の間には見えない障壁が存在してそんなことにはならなかった。
今になってどうしてこんな時間が2人に訪れたんだろう?
電車はさっきと同じレールの上を同じように走っている。
何時まで経っても同じ所を堂々巡りだ。
決して終点に着く事はない。
私の気持ちと一緒で、出口がない。
さっきの1周と違うのは、お客と彼に包まれた手だけ。



半分以上回ったあたりで彼が唐突に話し出した。
「俺さ。」
「なに?」
「ん、俺さ、頑張って来年の春にはこっちの大学に受かりたいんだ。」
「そうなんだ。大丈夫、きっと受かるよ。私も応援するし、祈ってあげる。」
「本当に?」
「もちろんだよ。」
「じゃあさ、一つ頼みがあんだよ。」
「なに?」
「よく遠い関係の人よりも本人に近い人の方が願いも強いって言うだろ。
だから、友達よりも彼女としての方が、同じ願い事でもより叶いそうだと思わないか?」
「うん、まあそうかもね。で、頼みってなに?」
「うん、お前にさ、友達じゃなく俺の彼女として合格を祈って欲しいんだ。
まだ合格も確実って訳じゃないし、春までは遠距離になるんだけどさ。
俺、お前のためにも頑張るからさ・・・・・・・駄目か?」
「どうして急にそんなこと言うの?」
「実はこの間、予備校仲間が片想いしていた彼女に彼氏が出来たって言うのを聞いて、そいつ見てられないほど辛そうでさ。
それに、ゴールデンウィークに帰ってきた奴に話を聞いたんだ。
女子大の女の子は凄いもてるって。
俺、春までは我慢して合格したらって思ってたんだけど、それじゃ遅いかもしれないって思ったらさ。
もう、お前に彼氏が出来たらと思うと、俺、落ち着いて勉強できなくて。
だから、お前を俺の彼女にしとくか、せめて予約だけでもと思って・・・・。」
下を向いて私の手を包んだ自分の手を見ながら、彼は淡々と話している。
そう見えているだけで、実は耳まで真っ赤だ。
人の事では凄い行動力と発言をする彼だけれど、自分のことは後回しにしてしまうし、実はとってもシャイだ。
彼はそのことに、気付いていないかもしれないけれど。



そんな彼が珍しく自分の気持ちを優先させて、今、私に告白してくれている。
そう思ったら、それを電車の中で聞くなんて勿体無いと思った。
車窓から見れば折り良く御徒町駅が次だ。
「ねえ、次で降りよう。
行きたい所できたから。」
彼への返事はしないままで、私はそう決めた事を告げた。
滑り込んだ電車のドアから彼と手をつないだままホームに降りた。
構内の案内板で出口を確認してそっちに向かう。
彼は、訳が分からないままに私に手を引かれて歩いている。
まもなくして訪れた場所を見て、彼が少し驚いたような顔をして私を見る。
私は何も言わないまま、坂を登り始めた。
彼が何も言わないのは、返事を待っているからだ。
「遠くにいても私の願いがちゃんと届くように、お守り買わせて。
それを持っていてくれれば、どんなに離れていても、私の願いが迷子にならないから。」
坂の途中で振り返って彼に告げる。
坂の横は春にはニュースになるほど有名な梅園。
今は青々とした葉の隙間から、坂の地面に木漏れ日を落としている。
願掛けには時期外れなのだろう、境内には人影もない。
彼がつないでいた手を離して、ふわりと私を包み込んだ。



「ありがとう。俺、絶対に春にはこっちに来るから。」
彼の嬉しそうで、でもどこかで固い決意を込めた声が私の頭上から落ちてくる。
「ん、待っているからね。」
彼の背中に手を回してそう言った。
「もうね、願い事できる事なら何にでもしておくから。
神様でもお星様でも。」
本気でそう思っている気持ちを込めて彼を見上げると、「お願いします。」と真摯な答え。
でもその目は茶目っ気たっぷりに笑っている。
「では先ず短冊に願いを書いてくだされば、嬉しい限り。」
暦の上で一番近い願いことが出来る日を思い出して彼がそう言った。
笹飾りに書いた願い事は、雨だと叶わないという。
今年はどうか晴れますように。
そう願わずにはいられない。



来春、彼が私の元に来てくれるまでに、幾つ願い事をする事になるだろうと、これから忙しくなる願掛けの日々を思った。



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2005.07.03up