時が そっと



 書類から目を上げて、由鷹は時計を確認した。
 あと10分で定時だ。今日は早く帰れそうか……。
「末武、明日休みだったな」
 先輩刑事の言葉に、由鷹は頷いた。
「久しぶりの休日だなぁ。予定にあんのか?」
「もしかしてデートかぁ?」
「あ、はい」
 さら、と肯定した由鷹に、他の刑事達は苦笑いだ。
「少しは照れろよ〜お前も」
「久しぶりの休みなんだから、ゆっくりすればいいのに」
「休みずっと潰れて、なかなか時間がなかったから……明日は約束してあるんです」
 担当していた事件がやっと解決したから、気兼なく早姫と過ごせる。
「末武の彼女なら、別に文句言わないだろ」
「そうかもしれないですけど、我慢させてるとこがあるので」
「真面目だなぁ」
 別にそういうわけでもないが……早姫の笑顔が見たいというだけで。
 その時、電話が鳴った。
「旭町のコンビニで、強盗事件です」
 刑事達が立ち上がる。
「末武、お前はいいぞ。あと少しで定時なんだからな」
「いえ、まだ勤務時間内ですから。行きます」
 由鷹は刑事なのだから。

 ドアが開く音で、早姫は目を開けた。うたた寝してしまっていたらしい。
 身体を起こしてぼんやりしていると、由鷹が入ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいま。まだ起きてたのか?」
 時計は日付を回って随分たつのに……。
 由鷹が休日の前の日、早姫が末武家に泊まってくれるのが当たり前とはいえ、遅くまで起きて待っていてくれるのは、やはり心苦しい。
「うたた寝しちゃったみたい」
「そっか。ごめんな、遅くなって」
 キスをして、由鷹はネクタイを解いた。
「帰り際に、コンビニ強盗が起きてさ。今日は定時で帰れるって思ってたんだけど」
「しかたないよ。それがお仕事だもん」
 笑って言う早姫に申し訳なくて、由鷹は小さく「ああ」と言った。
「ごはんは?」
「食べてないけど、あまり腹減ってないから、いい」
「そう……」
「もう寝ないと、明日出掛けられないだろ」
「ん……疲れてたら、明日別にいいよ?」
 由鷹は早姫の頭をふわ、と叩いた。
「大丈夫だよ。早姫、楽しみにしてただろ」
 早姫は黙って頷いた。

 早姫が前から見たいと言っていた映画に出掛けた。
 今週で上映終了だから、最後のチャンスなのだ。
 早姫が楽しみにしていたから、連れて行きたいと由鷹も思っていて。
 だけど。
(……映画って、観るほうのコンディションによるな……)
 暗い場内は、最近ゆっくり休めていない由鷹にとって、映画を楽しむような空間じゃない。大音量のサウンドで気が紛れるかと思ったのだが。
 ……ピアニシモのメロディは、由鷹の意識をゆっくり、奪っていった……。

 早姫の香りがする……。
 そう思って目を開けると、薄く明かりがつき出した映画館の景色が飛び込んで来た。スクリーンのエンドロールがライトに薄くにじんでいて、映画の間中寝ていたと教えてくれる。
 身体を起こして、隣の早姫を見ると、心配そうに顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「悪い……」
「疲れてるのに、ごめんね」
 由鷹は首を振った。
 最近、早姫と過ごす時間は家で費やすことが多くて、デートらしいデートをしてなかった。だから、早姫が映画にいきたいと言った時、必ず、と約束したのだ。
 だが、映画に来ても、寝てしまっては意味がない。由鷹はため息をついた。
「ほんと、ごめん。久しぶりに二人で出掛けたのにな……」
「由鷹さん」
 早姫は、由鷹の頬に手を添えて、自分のほうを向かせた。
「どこか出掛けたり、特別なことをしなくても、由鷹さんと一緒にいる時間が、わたしにとってデートなの」
「早姫……」
「だから、疲れてたら言ってね。一緒にのんびり昼寝するのも、贅沢だと思わない?」
 にこり、と笑って言う。
 彼女の存在自体が、自分にとってどれだけの安らぎか。
 こういう時に、改めて思い知らされる気分だ。
「早姫」
 由鷹はそっと、キスをした。
 完全に映画館の証明がつく、ほんの僅か前。
 だけど、沢山の人が共有する空間でキスをされたことに、早姫は真っ赤になって。
 そんな彼女が可愛くてくすくす笑う由鷹を、睨んだ。
「……帰ろうか」
 由鷹は笑いながら、早姫の頭を優しくなでた。
「ん……そうね」
 早姫も微笑んで、頷き返した。

 二人が笑顔ですごす、二人だけの時間が、待つ家へ。



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砥子さま、100万hitおめでとうございますw
何かお祝いを…と思って、掌編を書いてみました。
相変わらずの由鷹と早姫ですが、気に入っていただけたら嬉しいですw
大きなお祝い事なのに、短いですけど……(爆)
これからも素敵なお話、楽しみにしていますw

鹿室 明樹 拝

【GLACIAL HEAVEN】様サイトアクセス100万打記念に頂戴した小説です。
他にも記念作品やフリー配布として、同シリーズ作品が展示されています。
とっても好きなシリーズなので、由鷹x早姫をもっと読みたい方は是非どうぞ。

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素敵な作品に出会えますよvv