Little　bit… 　２月のある午後。 「それじゃ今日の調理実習は、チョコを作ります」 歓声が上がった家庭科室の中で、羽鳥だけ、体を固くした。 家庭科の川村先生は製菓が専門で、イベントに合わせてよくお菓子を作らせてくれる。 母の日、父の日、敬老の日、クリスマス。 そして２月は勿論、バレンタインだ。 羽鳥たちのクラスはちょうどバレンタインが調理実習日。 出来たチョコは３学期の実技の採点を付けた後、持ち帰っていいことになってるから、みんな気合いが入ってる。 「羽鳥、がんばろうねっ」 同じ班の貴絵に言われて、羽鳥は神妙に頷いた。 「みんなの足引っ張らないように、する……」 羽鳥は家庭科が苦手だ。不器用なのだと思う。 家で家事手伝いをしないわけじゃないが、母親も急いでると羽鳥じゃなく妹に頼むから、ますます上達しない。 クリスマスケーキの時も、同じ班に家庭科の得意な子がいたお陰で何とか食べられるものが出来たが、あげるのは断念した。 クリスマスは当日じゃなかったから、別のものを準備できたけど……バレンタインは今日。 みんなは当たり前に実習で作ったチョコを渡す気でいて、だから足を引っ張るわけにはいかない。 羽鳥だって、頑張って自分で作ったチョコを、要に渡せたらいいな……と思う。 ふー、と息をついた羽鳥に、貴絵が視線を向けた。 「……やっぱり、チョコクッキーにしといたらよかった？」 「うん……でも、トリュフ選んだのあたしだから」 チョコクッキー、トリュフ、カップケーキ、シフォンケーキという選択肢の中で、羽鳥がトリュフを選んだのは、自分でもどうにか形になるかもしれない、と思ったからだった。 だけど、羽鳥の想像よりチョコの扱いは難しくて、出来上がったチョコトリュフは殆ど形が定まらないモノばかり。 やっと５コ、まともなモノを選ぶことが出来たのだ。 自分の不器用さに落ち込んでいる羽鳥の横に、川村先生が採点のためにやってきた。 「倉石さん、可愛くできたわね」 川村先生は、にこり、と笑っていった。 他の子に比べると明らかに見劣りするが、羽鳥が作ったと思えば、それは上出来のうちに入る。 班の子たちは勿論、川村先生もそれをよく分かっているから、皆羽鳥の努力を褒めてくれた。 「羽鳥、ラッピングしよう」 「あ、うん」 ハートの小箱に紙パッキンをしきつめて、ペーパートレイに乗せたトリュフを並べる。 薄葉紙で包み、ハートの超ど真ん中に来るようにぎゅ、と絞り上げ、リボンでとめた。 リボンの結び目にヤーンクリップを止めてアクセントをつければ、できあがりだ。 力を入れると破れてしまいそうな薄葉紙に悪戦苦闘しながら、羽鳥がやっと完成させた時、チャイムが鳴った。 「あ、倉石さん」 家庭科室を出ていこうとした時、川村先生が呼び止めた。 「はい」 「バレンタインってね、出来がいいとか悪いとかじゃないと思うのよ」 羽鳥は忙しく瞬きをした。 「相手がチョコを貰った時の笑顔を思い浮かべながら作ったチョコは、見栄えがいいとか悪いとか、味がどうとか関係なしに、甘いの。 女の子の『好き』って気持ちが一杯詰まってるんだもの。 男の子だって、それだけで嬉しいと思うし、もっともっとめろめろになってくれると思うわ」 だから大丈夫。 ぱち、とウィンクして、川村先生は微笑んだ。 「ありがとうございますっ」 そう頭を下げた羽鳥は、いつもの笑顔を、先生に返すことが出来た。 部活が終わって、駐輪場で要を待っている。 友達からも川村先生からも「大丈夫」と言われたモノの、やっぱり、ドキドキしてきた。 （食べて……くれるかな……） 「羽鳥、お待たせ」 柔らかな声に顔を上げて、羽鳥は顔をほころばせた。 要の顔を見ると、自然に笑顔になってしまう。 それは、羽鳥が彼のことを好きだ、という、感情を越えた表現だ。 「あの、要さん」 「なに？」 「えっと……今日調理実習で作ったの……バレンタインのチョコレート」 おず、と小さな包みを差し出す。 要は僅かに表情を和らげて、それを受け取った。 「ありがとう」 「あのっ……あまり期待しないでね。 あたし不器用だし……形とかも、売り物みたいに綺麗じゃなくて」 「売り物より、羽鳥が俺のために作ってくれたチョコの方が、数倍嬉しいよ」 そう言って要は、自転車にもたれて、くるくるとラッピングをほどいた。 「わ……おいしそう」 ふたを開けて、要の優しい目が、さらに柔らかく細められる。 「食べていい？」 「あっうんっ」 一つ口に頬張った要を、羽鳥はドキドキしながら見つめた。 「……おいしい」 「ほんとっ？」 「うん、今まで食べたチョコの中で、一番おいしい」 それは大げさでも何でもなくて。 羽鳥が要のために一所懸命作ったチョコだから、おいしいのだ。 そのチョコには、要にだけ効く魔法が、かけられているから。 もっともっと、羽鳥のことを好きになるように……。 女の子の魔法から、男の子は逃れられない。 ほっとした顔の羽鳥に、要は微笑んだ。 「羽鳥も食べてみる？」 「え？……うん、いいの？」 箱に手を延ばしかけた羽鳥の顎に、要の温かい手がかけられる。 あっという間に落ちてきたキスは、甘いチョコの味がした。 倉石　羽鳥（くらいし はとり）…高校１年生 桜橋　要（さくらばし かなめ）…高校２年生 貴絵（たかえ）…羽鳥の友達 川村（かわむら）先生…家庭科教諭 リクエストを戴いたので、「グラビュール」さまへ相互リンクお礼としてお届けした 「ロマンスから始めよう」の二人のお話を。 ロマンスから始まった二人なので、ロマンチックに…なってますかね？（笑） コチラの作品は「グラビュール」の砥子さまに限り、お持ち帰りOKになっています。 「バレンタイン企画」にて書いて下さった作品を、ご好意に甘えて頂いてしまいました。 サプライズ・プレゼントって、こういうのを言うのでしょうねｖｖ。 鹿室様のサイト【GLACIAL HEAVEN】様へは「Ｌｉｎｋ」や「Ｇｉｆｔ」ページにリンクがあります。 素敵な作品に出会えますよｖｖ　是非どうぞｖｖ