Don't wanna loose


 末武家で、樫原と夕飯の支度をするのが、早姫の日常になりつつあった。
 いつまでも樫原に頼っていてはいけないんだろうが、彼女の好意に甘えてしまっている。
 それがこの日は、思わぬ効果を生んだ。

 インタホンが鳴って、樫原が出ようとするのを、早姫は制した。
「わたしが出ます」
「お願いします」
 エプロンをそのままに出たのは、末武家は不意の来客が少なく、宅急便か堤家と晴嵐会関係者くらいしかいないからだ。
「はい」
 無防備にドアを開けた早姫は、そこに見知らぬ女性を見つけて、動きを止めた。
「えっと……」
「由鷹さん、いらっしゃる?」
 どちら様ですか?と早姫が聞く前に、相手は言った。
「まだ帰ってないですが……」
「待たせていただいてよろしいかしら?」
 そうは言ったが、彼女の態度は待たせてもらうのが当然、という感じだ。
「あの、どちらさまですか?」
「林原(はやしばら)です。由鷹さんからお聞きになってないかしら」
 初めて聞く名前に、早姫は首を傾げた。
「あなた、お手伝いさん?由鷹さんのお父様かお母様は?」
「……っは?」
 由鷹の両親のことも知らないらしい。ということは、さして親しくないのだろう。
なのに家に上がり込もうとするこの人は一体……。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
 なかなか戻らない早姫を心配して、樫原が出て来た。
「樫原さん」
「どちら様ですか?」
 樫原は林原を一瞥した。
「由鷹さんのお知り合いだそうです」
「……由鷹さん?」
 林原は不快そうに呟いて、早姫を見た。
初めてその表情に、この女は誰か?という感情が浮かぶ。
「伺っておりません。お帰りください」
 毅然とした態度で、樫原が言い放つ。
その辺りはさすが、長年極道の世界に関わってきた女性というべきか。
「聞いてないって……林原未紅(みく)よ?」
「お聞きしたことはありませんし、本日の来訪も伺っておりません。
坊ちゃまに確認させていただきますので、今日はお帰りください」
 樫原はもう一度繰り返した。
林原はなにを言ってもダメだと判断したのか、しぶしぶ帰っていった。

「なにがあった?」
 いつもなら夕飯の支度をすませると帰る樫原が、帰るまで待っている。
 部屋に入るなり、由鷹がそう尋ねたのは、当然と言えるだろう。
「林原という人がいらっしゃいました」
「は?」
「ご存知ですね」
 顔をしかめた由鷹に、樫原も不快な表情になる。
「私がいたからいいものの、お嬢様だけだったらどうなさるおつもりだったんですか」
「っ早姫に会ったのか?!」
 由鷹は目を瞠って、ため息をついた。
「……家まで来たか」
「どういうお知り合いですか?」
「大学の同級生……ストーカーだ」
「ストーカー……?」
 樫原と早姫は顔を見合わせた。
「大袈裟に言うと、な。思い込みの激しい女で、軽く付き纏われてる」
「明らかにストーカーですね」
 あっさり、樫原は言った。
「早々に手を打ちませんと、面倒なことになってからでは困りますよ」
「分かってる」
「お嬢様にご迷惑がかかるようなことだけは、おやめくださいまし」
 ぴし、と言われて、由鷹は真面目に頷いた。
「分かってる」
 早姫を泣かせるようなことは、絶対にしたくない。

 学校の帰りに、スーパーで夕飯の買い物をして帰る。
 樫原に負担をかけないために、早姫が自分で始めたことだ。
 本当は、樫原が末武家に来なくてもいいようにするのが、一番だと思うのだが……。
 由鷹に続いて今年大学受験を控えている早姫を心配する樫原に、申し訳ないと思いながら甘えている。
 末武家の前に人影を見つけて、早姫は足を止めた。
 林原未紅……だ。
「あなた、由鷹さんのなに?」
 早姫の姿を認めて、近づいてきた未紅は、ぶしつけにそう言った。
「なにって……あなたに説明する必要がありますか?」
 早姫もちょっと、その態度にむっとして、切り返す。
「あたしが聞いてるのよ。答えなさい」
「あなたには関係ないと思います」
 ぎゅ、と足を地面に踏みしめて、早姫は答えた。
昨日、ぼんやりと未紅に押され気味に対応していた彼女とは違う態度に、未久が目を細める。
「あたしは由鷹さんが好きなの」
「でも、由鷹さんはあなたを好きだとは言ってないと思いますけど」
「好きになるわ、絶対。あたしがこんなに好きなんだもの」
 その自信はどこから来るんだろう……早姫は少し思った。
「好き」という気持ちを測ることは出来ないが、自信たっぷりな人間の方が、もしかしたら勝ちだったりするんだろうか。
人はそういう強い力に惹きつけられてしまうんじゃないだろうか。
 それでも。
 由鷹を好きだということだけは、譲れない。
「……あたしのパパは、美濃善の重役なの」
 いきなり、よく知られた老舗の企業の名前を未紅が口に乗せて、早姫はきょとん、とした。
「はい?」
「あたしに逆らったら、どうなるか、分かる?」
 早姫は忙しく瞬きをした。どうなるって……どうなるんだろう?
「社長令嬢だから」などと人を威圧したり、その立場を利用したことのない早姫には、
彼女のいってる意味がさっぱり分からないのだ。
「あなたも由鷹さんも、その事を考えた方がいいわよ」
 そう捨てぜりふを残して、未紅は帰っていった。

 未久が来たと知った由鷹は、今度は不快ではなく、怒りを顔に表した。
「ったく、あの女……一回どうにかならないと分からないみたいだな」
「……傷つけたりはしないでね」
「そんなことはしない。だけど、分からせる必要があるのは、確かだろ」
「うん……」
 不安そうな早姫の目に、少し微笑んで、由鷹は彼女を抱き寄せた。
「大丈夫だから」
 早姫はこくん、と頷いて、キスを受け入れた。

 学校を出たところで、飛島が待っていた。
「飛島さん、どうしたんですか?」
「坊ちゃんが、早姫さんを連れて来て欲しいと仰ったので」
「え?」
 早姫は首を傾げながら、飛島の車に乗った。

 大学の前の道路に車を止めて、早姫と飛島は外に出た。
「この後デートしたいだけだと思いますよ」
 いきなり大学に連れてこられて戸惑っている早姫に、飛島は言った。
「特に何も連絡貰ってないんですけど……」
「思いついただけじゃないですか」
 こともなげに言う。由鷹の大学は幹線道路沿いにある上に駐車場を確保してないため、車通学が禁止なのだ。
だから、どこかへ出かけたい時は、講義が終わる時間に飛島に車を回して貰う。
「早姫」
 彼女の名前を呼ぶ時、とても柔らかな響きに変わるその声に、早姫は顔を上げた。
「いきなりどうしたの?」
「いや、ただ会いたかったから」
 家に帰れば逢えるのに……と首を傾げた早姫を、いきなり抱きしめる。
「ゆっ由鷹さんっ?!」
 ざわっ、と周りの学生も、いきなりの光景に注目している。
早姫は真っ赤になって、由鷹の肩に顔を埋めた。
「……由鷹さん、みんな見てる」
「いいんだよ、見せるためにしてるんだから」
「え?」
 ゆっくり腕がほどかれて、早姫は由鷹を見上げた。
その肩越しに、未紅の姿を見つけて、眉をひそめる。
 未紅は、少し離れた所に立ちつくして、由鷹を……由鷹と早姫を睨み付けていた。
 くるり、と視線をそちらにむけて、由鷹は、早姫が嫌いな冷たい顔をした。
「オレと彼女はこういう関係。分かったか?」
「…………っ」
 悔しさからなのか、顔を真っ赤にした未紅が、視線を歪める。
「分かったら、もうつきまとうな」
「……どうして?」
 未紅の発した疑問は、由鷹にも早姫にも理解できなかった。
「あたしがこんなに好きなのに……どうして?
あたしはその子より綺麗だし、家だってお金持ちなのにっ……」
「人を好きになるって、そういうことじゃないだろ」
 由鷹は顔をしかめてい言った。
家がどうの立場がどうの、という輩は、由鷹が一番嫌いな人種だ。
「ただオレは、早姫以外の女に興味がないだけだ」
 隣にいる早姫の肩を抱いた。世界中に宣言するように、強い声で、告げながら。
「例えどんな力が邪魔したって、オレは早姫を離さない。そう決めてるんだ」
 目を大きく見開いて、未紅は由鷹の言葉を聞いている。
その顔には、さっきまでの屈辱的な表情も、早姫に対する高飛車な態度も見られない。
まったく理解できないというような、ぽかん、とした顔だ。
「もうオレにまとわりつくな」
 由鷹はもう一度繰り返した。
「それから、早姫にも。今度早姫に対して何かしたら、オレにも考えがあるからな」
 由鷹の場合、それは脅しでも冗談でもない。未紅は知らないだろうが……。
「ごめん、早姫。行こうか」
 やっと、普段の表情に戻って、由鷹は早姫を見た。
 と、早姫は由鷹の腕をすり抜けて、未紅の前に立った。
「早姫っ?」
「あの……わたし、由鷹さんは譲れないから、
こんなこと言うの筋違いだって分かってるんですけど……」
 未紅はおっくうそうに早姫を睨んだ。
「『想』っていう字は、『相手の心』って書くじゃないですか。
自分の気持ちばかりを押しつける愛情は、よくないと思います。
力では、本当の愛情は手に入らない。
権力とかお金とか、そういうもので手にはいる愛情は、
その程度の価値しかないんじゃないかって思うんです」
「その程度……?」
「本当に相手のことを想ったら、相手の望むことが分かると思うんです。
相手の心も。人の心は、お金や権力よりもずっと価値がある。
相手を想う心って、限りなく溢れてくるモノじゃないでしょうか」
 愛情に価値をつけるということは、愛する相手だけに許される行為だ。
お金や権力や、一方的な感情が決める事じゃない。
 早姫の言葉は、未紅の心に少しでも、しみ込んだだろうか。

 飛島に、放り出されるように車から降ろされた。
「公衆の面前で恥ずかしい。若や姐さんが知ったら、なんて仰るか」
 いちゃこらは二人きりでゆっくりしてください。
 捨てぜりふのように言って、だけど飛島は二人のことを思いきり楽しんでる笑顔で、帰っていった。
「早姫」
 樫原が作って置いてくれた食事を温めようと台所に立った早姫を、由鷹は抱きしめた。
「……ごめんな」
「ううん、大丈夫」
 にこ、と笑う。
「……ぅんっ」
 落ちてきた熱いキスに、体中の力を奪われる。
早姫は少し身体を捩って、大好きな口唇から逃れた。
「……っごはんは?」
「後で。先にベッド行こう」
 由鷹は囁いて、早姫を抱き上げた。

 由鷹の肌は、その鋭い目と同じように冷たい。
 だけど、早姫を見つめる目が限りなく優しいように、早姫に触れる時、彼の体温はいつもより僅かだがあがる。
 そのことに早姫が気づいたのは、由鷹に抱かれるようになってからしばらく後のことだった。
 自分だけ、彼に熱くさせられてる気がして、いつも悔しかったのだが、由鷹も早姫に触れることで、体を熱くしていると……鼓動を早めていると知って、早姫は嬉しかった。
 そんな風に、いつまでもドキドキしていて欲しい……。
「……ぁっ」
 由鷹の指先が肌に触れる。その瞬間に、早姫の身体はそのこと以外、考えられなくなる。
「相変わらず、敏感だな」
「……んっ……やぁっ」
「まだ撫でてるだけだろ」
「うそっ……言わないでっ……」
 確かに撫でているだけかもしれないが、的確に、早姫の弱いところを狙ってる動きだ。
 早姫が抵抗できないように、どんどん、追いつめて。
「……ここも、だろ」
「ぁあっんっ……っはっ」
 柔らかく、ピンクの蕾を弾かれて、早姫がぴくん、と跳ねる。
「それから?どこ触って欲しいんだっけ」
「やっ……そういうこと……ふぁっんっ」
 つい、と温かな口内にその蕾を含まれて、早姫はぎゅ、と由鷹にしがみついた。
 舌先で愛撫されて、そこから甘い痺れが体中を支配していく。
身体が、感じることだけに集中し始める。
「っんぁっ……ゆ、たかさっ……そこっ……」
 耳をくすぐる甘い声に、由鷹はぞく、と刺激を感じた。
 早姫は知っているだろうか。
 由鷹が早姫の身体を支配すると当時に、彼女の全てが、彼を支配することを。
 そしてその束縛が、もっと彼女を求めさせていることを。

 中途半端な愛情じゃ、生まれない快楽。

 つい、と何かの弾みのように簡単に、身体の中心に指が侵入してきた。
「っぁあっ……んくぅっ……」
 早姫の声が、ひときわ丸みを帯びる。
 くちゅくちゅ、耳元をくすぐる淫らな音。聴覚も、セックスでは重要な感覚の一つだ。
 自分の乱れた息づかいも、由鷹のちょっと意地悪な声も……自分の身体の反応も。
 全てが、身体に火をつける。
「……あっ……ぁんっ……由鷹さっ……っもっ……」
「早姫……欲しい?」
 耳元で囁かれて、早姫は頷いた。
「じゃあ、ちゃんと言ってみな」
「……ぁ……欲しい、の……いれて……っ」
 かぁ、と真っ赤に染まった彼女の頬にキスをして、由鷹は自分自身を彼女の中に沈めた。
「んっ……ぁああっあっんっ……!」
「……っは……早姫っ……」
 お互いの熱に融けあって、何も分からなくなるまで、抱きしめた。

 ぎゅ、と後ろから抱きしめる由鷹の腕に、早姫はキスをした。
「……おなかすいた」
「メシにするか」
 そう言いながら、腕をほどこうとはしない。まだ、このまま彼女を抱きしめていたくて。
 早姫がくすくす笑った。
「なんだよ」
「……由鷹さんの束縛って、甘い罠みたいだなぁって思って」
「なんだそれ」
「もっと束縛されてもいいかも、って気になっちゃう」
「ふうん」
 由鷹はくす、と笑みを浮かべた。
「そんな欲張りなこと言うってことは、覚悟できてるんだろうな?」
「え?」
「飽きるまで、早姫のこと愛してやるよ。
……早姫がオレの愛情なしじゃ生きていけないくらいに」
 むしろ、由鷹の愛情だけで生きていけるくらいが、ちょうどいい。


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堤 早姫(つつみ さき)…高校3年生。堤商事の社長令嬢。
末武 由鷹(すえたけ ゆたか)…大学1年生。県警本部長の息子で早姫の恋人。
林原未紅(はやしばら みく)…大学1年生。由鷹のことを追いかけてるお嬢様。
樫原(かしはら)…末武家の家事を請け負ってる女性。
飛島(とびしま)…由鷹の護衛兼お目付役の晴嵐会組員。
晴嵐会(せいらんかい)…地元有力やくざ。由鷹の知己。

由鷹がとても甘い男で困ってます(笑)でも、彼が甘いのは早姫に対してだけですからね。
他の女性には相変わらずです。その辺りはちゃんと書けてるでしょうか?
題名は「緩いのはイヤ」もっともっと縛り付けて!って感じでしょうか。

【GLACIAL HEAVEN】様サイト公開6ヶ月記念フリー配布小説です。
他にも記念作品として、同シリーズ作品が展示されています。
由鷹x早姫をもっと読みたい方は是非どうぞ。

鹿室様のサイト【GLACIAL HEAVEN】様へは「Link」や「Gift」ページにリンクがあります。
素敵な作品に出会えますよvv