Rainy Night
ー何度でもなんどでもー



 土砂降りの雨の中を、石月拓人(いしづき たくと)は、車を走らせていた。
 いつもより遅く診療所を閉めてから幼稚園に迎えに行くと、明日美(あすみ)は泣き寝入りしてしまっていて、遅くまで残ってくれていた園長先生に挨拶をして
チャイルドシートに乗せてからも、起きる気配はない。
 大人にとってはほんの1時間、だけど子供にしたら、永遠に近い時間だっただろう。明日美の頬に残る涙の痕を思いながら、ため息が出る。
 ふいに、横の路地から人影が飛び出してきた。
 あっ!と思ってハンドルを切った時には遅く、
飛び出してきた人影は、拓人のカローラフィールダーの側部にぶつかり、道に倒れてしまった。
 拓人は慌てて、雨の外に飛び出した。
「大丈夫ですかっ?」
 気を失っているらしいその女性を抱き起こして、拓人は目を瞠った。
 ーー苑緒(そのお)……?!

 ぱち、と目を開けた女性に、拓人はほっとした。
「気がつかれましたか」
「……ここは……」
「僕の家です。あなたが僕の車の前に飛び出してきて……幸い、怪我はかすり傷でしたが、気を失ってたので」
「……すみません、ご迷惑をおかけして」
 彼女はゆっくり、ベッドの上に起きあがった。
「少し落ち着いたら、ご自宅までお送りしましょう。どちらですか?」
「家……?」
 きょとん、として、女性は目を見開いた。
「えっと……わたし……?」
「……お名前は?」
 自分自身の頬に手を当てて、女性は固まってしまった。
「……名前……思い出せない……」

 女性は自分の名前も住んでいたところも、何も覚えていなかった。
「事故のショックで、一時的に記憶が失われたのかもしれませんね」
 拓人はそう言った。大学病院で研修医をしていた頃、そう言った事例に出くわしたことがある。
「しばらくして落ち着いたら、きっと思い出しますよ」
「すみません……ご迷惑をおかけして……」
 女性は泣きそうな顔で拓人を見た。
「いいんですよ。困った時はお互い様ですから。
怪我が治るまで、うちでゆっくりしていってください。
これでも、小さな診療所ですし、あなたの怪我の責任も取ります」
 にこり、と彼女が安心するように微笑んだ拓人に、女性も少し、表情を和らげた。
「……ぱぱ……?」
 小さな声と共にドアが開いて、明日美が顔を覗かせた。
「明日美、起きちゃったのか」
「ん……おといれ」
 それから明日美はベッドの上の女性を見て、目を輝かせた。
「ままっ!」
「え……」
「ままっ!かえってきたのっ?!あすみのとこにかえってきてくれたんでしょっ?」
 拓人が止めるまもなく、明日美は戸惑っている女性の所へ駆け寄り、ぎゅう!と抱きついた。
「まま、あすみいい子にしてたから、かみさまがかえっていいよっていったの?」
「明日美、この人は違うんだ」
 拓人がやっと、明日美を抱き上げてベッドから離した。
「すみません、子供の言うことなので……」
「あ……いえ……」
「明日美、パパとおトイレに行って一緒に寝よう。
……それでは、ゆっくり休んでください。おやすみなさい」
 拓人はそう言って、部屋を出た。

 次の日の朝、拓人が朝の支度のために台所に降りると、かちゃかちゃと音がした。
「……あ、おはようございます」
 女性が食事の支度をしていた。驚いている拓人に、「すみません、黙って勝手に……でも、お世話になってるのだから、このくらいは、と思って」と言う。
「……ああ、いえ」
 ……一瞬、2年前に時が戻ったのかと思った。
「あっ、ママっ!」
 園服に着替えてきた明日美が、女性に飛びつくように抱きついた。
「ママおはようっ」
「明日美、このお姉さんはママじゃないんだよ」
 ほら、と拓人は明日美の目線にしゃがんで、女性を見た。
「ママは髪の毛がふわふわくるくるだったけど、
このお姉さんはまっすぐだろう?それに、めがねもかけてない」
「……うん」
「ママに似てるけど、違う人なんだ」
 しゅん、となった明日美の前に、女性が膝をついた。
「ごめんね、明日美ちゃん……」
 明日美の瞳がみるみる膨らんで、涙が溢れそうになる。
「明日美、おいで。……すみませんが、来ていただけますか」
 拓人は明日美を抱き上げると、彼女を自室へ案内した。
「この写真を見てください」
 そこには、彼女よりちょっと年上の、だけど彼女とうり二つの女性が微笑んでいた。
「妻の苑緒です。2年前に病気で亡くなりました」
 拓人は写真を、机の上に戻した。
「明日美が勘違いするのも無理ありません。
僕も、あなたを見た時、妻が帰ってきたかと思ったくらいですから」
 女性はじっと拓人の顔を見つめた。
「こんなコトをお願いするのは、虫がいいと分かってます。
でも、お願いです。ここに居て、記憶が戻るまでの間だけ、明日美の母親になってもらっていただけませんか」
 拓人は頭を下げた。それは殆ど、明日美のためというより、自分のために。
「……わかりました」
「ありがとうございますっ」
 明日美は話の内容が分からず、きょとん、としたまま、父親を見上げている。
「明日美、お姉さんが、少しの間だけ、明日美のママになってくれるって」
「ほんとっ?」
 目を輝かせた明日美に、女性は戸惑いながらも微笑んだ。
「……ひとまず、便宜上あなたの呼び名を考えないといけないですね」
「呼び名……ですか」
「荷物を拝見させていただいたんですが、何も身元の確認が出来るようなモノがなくて……
財布に『S』『Y』というイニシャルのキーホルダーがついてましたから、どちらかがお名前だと思うんですが」
「SとY、ですか……」
 苑緒、と口にしかけて、拓人は声になる前にかろうじて飲み込んだ。
その名前で彼女を呼びたいのは山々だが、失礼だ。
「……ええと、今春ですし、『さくら』さんでいいですか?」
「……あ、はい」
 何かしっくり来ないモノを感じるのだろう。ためらいながら、彼女は答えた。
「明日美、お姉ちゃんの名前はさくらさんだよ」
「さくらちゃん?」
 明日美は女性をじっと見つめた。
「さくらちゃん……さくらママ?」
「はい」
 嬉しそうに明日美が抱きつく。女性も柔らかな顔になった。
「じゃあご飯にしましょう」
「はぁっいっ」
 3人は食卓に着いた。

 明日美を幼稚園へ送って行って、診療所を開ける。
 祖父の代から続く診療所は、近所の子供達やお年寄りのかかりつけで、午前中はおじいちゃんおばあちゃんが沢山くる。その中には、別に病気でもなく、散歩のついでに拓人としゃべるのを楽しみに来ているような人たちも居て、彼らの相手をしていると、午前中はあっというまに終わってしまった。
「お疲れさまです」
「お疲れさま。また午後もよろしく」
 看護婦二人と受付嬢が昼で帰ると、拓人も診療所とつながった自宅へ戻った。
「お疲れさまです、先生」
 さくらが昼ご飯の準備をしていてくれた。
「ああ、すみません。休んでいてください、まだ怪我が治ってないんですから」
「ありがとうございます。でも、動いてたほうが気が紛れますから」
 捨てられずにいた苑緒の服を着た彼女は、本当に苑緒そっくりで、拓人はそんな彼女にドキドキしながら食事を取った。

 ベッドに寝ころんで、さくらは財布を見た。
 さくらの持ち物はこの財布だけで、あとは買い物してきたばかりらしい食料品の袋を持っていたと言う。
 ということは、事故現場の近所に住んでいて、ほんの少しの買い物だから、と携帯も何も持たずに出かけたのだろうか。
 SとYのキーホルダーを、指でなぞる。楕円形の後ろ板がついた大きなキーホルダー。
 ふと、指に違和感を覚えてキーホルダーを眺め回した。
簡単なちょうつがいがあり、どうやらキーホルダーがロケットだと言うことが分かる。
 かち、と開いたそこに、一人の男性の写真があった。
 眼鏡をかけた鋭い視線の、だけど優しい雰囲気の男性。
 この人は……誰なんだろう……。
 ぐるぐると頭が回る。……痛い……っ。
 さくらは顔をしかめて、思考を拒否した。

「……っくそっ」
 由鷹は、イライラしながら調査書を机に放り出した。
 早姫が、買い物に行ったまま戻らないと、樫原から連絡があったのは、4日前のことだ。
 すぐ家に帰ってあたりを探したが、早姫は見つからなかった。
 堤社長夫妻は、表だって事件にするのを控え、由鷹に全て任せると言ってくれた。
現在地元警察署の刑事課に勤務し、県警本部長を父に、知り合いに地元最大派閥のやくざ青嵐会を持つ彼なら、どんなことがあっても早姫を見つけだしてくれる。だから……。
 だが、失踪から4日たっても、手がかりらしいモノは何も手に入らない。
彼女が消息を絶ったと思われる時間の前後に、和維の携帯に彼女の携帯から着信が入ったが、伝言は何もなく、それから携帯もつながらない。
 事故に遭い、それを隠蔽しようとする相手に拉致された可能性も考えて、自動車の線を洗って貰った。その調査書が今手元に届いたのだが、それらしい車両の修理依頼や放置はないとのコトだった。
 ……あと考えられるのは。
 由鷹の立場。それと、青嵐会の関係。
 父親と青嵐会会長が幼なじみなこともあり、由鷹は子供の頃からやくざの中で育てられた。
早姫も、青嵐会によく出入りしているのだ。勿論、家族としてだが。
 青嵐会と敵対関係にあったり、逆恨みしている連中が、彼女に目をつけたとしたら……だが、それだとしても、そろそろ何かリアクションがあっておかしくないはずだ。
「末武」
 課長が呼んだ。
「仕事にならないだろう。彼女の捜索に専念したらどうだ」
「でも……」
 新人の自分がそう言う扱いを受けると、親の七光りだ職権乱用だと言われないだろうか……
だが、刑事課のみなは言った。
「青嵐会がらみだとしたら、俺たちもすぐ動けるようにしておくから」
「あそこにはお世話になってるからな。お前とあの組のやり方でやりたいなら、そうしろ」
「お前が捜査に身が入らないと、検挙率も下がるしな」
 由鷹は先輩刑事に頭を下げて、休暇届を出した。

「先生」
 診察室を、さくらが覗いた。
「あの、明日美ちゃんのお迎えに行って、買い物をしてきますね」
「ああ、すみません」
 拓人は微笑んで、彼女を見送った。
「彼女、家政婦さんですか?」
「ええ、まぁ」
 さくらが事故に遭ってから1週間。決まった患者しか来ないこの診療所の殆どの患者さんが、
彼女のことを認知していた。
事情が事情なだけに、噂好きな人たちも彼女のことを口外してくれないでいるので、記憶喪失だなんだと騒がれずにすんでいる。
 今日初めて来たこの患者には、説明するだけややこしい。拓人は曖昧に彼の質問に答えた。

 明日美の幼稚園でも、さくらは「新しい家政婦さん」として認識されていて、先生達もそれほど、この若い女性に警戒心を抱いていないらしい。
彼女はとても人好きのする人で、すんなりと石月家の周りの人たちが彼女を受け入れ、好いてくれているのがありがたかった。
「先生、コーヒーが入りました」
 食事の後、診療所に戻ってカルテの整理をしていると、さくらがコーヒーを持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
 拓人は香りのいいコーヒーを受け取った。
 彼女は家事全般そつなくこなすし、コーヒーやお茶の入れ方もとてもうまい。
きちんとしつけられたお嬢さんのようで、立ち居振る舞いも綺麗だ。
 今日、受付嬢がぼそり、と言った。
「さくらさん、このままずっといてくれたらいいのにね」
 そんなことは出来ない、と分かっているからこそ、願わずにはいられない。
「明日美はどうしてますか?」
「お風呂から上がって、すぐ寝てしまいました。
今日は幼稚園でかけっこをしたそうで、疲れたみたいです」
「そうですか」
 よくみると、さくらの長い髪が僅かに湿り気を帯びている。
明日美と一緒に風呂に入ってくれたのだろう。
「なんだか、すっかり甘えてしまってすみません」
「いえ、お世話になってるんですから、これくらい」
 にこり、と笑う。拓人は少し、胸が痛んだ。
 確実に自分は、彼女に苑緒を重ねている。
彼女がずっとこのまま家にいてくれたらいい……記憶が戻らなければ、と思う。
「……先生、どうかしましたか?」
 ぼんやりしている拓人を、さくらが不思議そうに見た。
 次の瞬間、拓人は考えるより先に、彼女を抱き寄せていた。
「……っせんせっ」
「名前で、呼んでもらえませんか……」
 ぎゅ、ときつく力を込めて、拓人は囁いた。
「……っやっ……!」
 どんっ!と胸に強い衝撃が走って、拓人ははっと手を離した。
 さくらが、自分を拒否したと理解するまで、0.数秒。
「……あ……」
 さくらは自分のしたことに驚いているようで、だけど、その瞳には、拓人を確実に拒否するおびえの色が見えた。
「……す、すみませんっ」
 その台詞は僕のモノなんだけど……と後悔している拓人を残して、さくらは走っていってしまった。

 さくらは部屋に入って、息を付いた。
 抱きしめられた瞬間、頭をよぎった言葉。
『ちがう』
 自分を抱きしめてくれる腕は、拓人ではないと、心が……本能が告げた気がして、彼を思いきり突き放してしまった。
「……謝らないと……」
 だが、今からもう一度、拓人に会う気は起きなかった。
 ベッドに腰掛けて、キーホルダーを触る。
 かち、と開いたロケットから覗いた写真。
彼が、自分の大事な人なんだろうか……だとしたら、どうして思い出せないんだろう?
 思い出せないことが、こんなにも苦しいのに……。
 ズキッ、とまた頭が痛んだ。
 頭痛がしたら飲むように、と拓人に渡された薬を飲んで、さくらは目を閉じた。

 ふー、とため息をついたのは、青嵐会組長稲葉和路。
「……こちらの調査では、何もなかった。あとは」
 と、目の前で怖い顔をしている由鷹を見る。
「飛島の情報網にかけるしかない」
 飛島という男は、不思議な男だ。
一体どんな情報網を持っているのか、青嵐会や警察でも入手できない情報を、時々手に入れてくる。
 だから、警察も青嵐会も役に立たないとなると、後は彼を頼るしかないのだ。
「帰りました」
 のんびりした声で、飛島が居間に入ってきた。
帰りました、と言ってるが、彼が組に顔を出すのは5日ぶりだ。
「どうだった」
「中松組の若いモノが、ちょっと先走ったみたいですね」
「中松組?聞いてないが」
「おそらく組長や幹部には話が届いてないかと。一応、チクっておきましたが」
 飛島の話によると。
 青嵐会と敵対している中堅やくざ中松組の鉄砲玉が、早姫を拉致して由鷹を潰そうと、買い物途中の彼女を襲ったという。
逃げる彼女を追いかけていたところ……。
「早姫さんが道に飛び出して、車にぶつかったと言うんです」
「車にっ?」
「事故の報告はなかったぞ」
「その運転手は、警察や救急車を呼ぶこともなく、彼女を車に乗せて連れ去ったそうです」
 飛島は一端口を閉じた。由鷹の感情が落ち着くのを見計らって、再び開く。
「そいつが言うには、どこにでもある赤のカローラフィールダーで、ただ、リアに『BABY IN CAR』のステッカーがあったんだとか。
で、子供を乗せてる赤のカローラフィールダーで、事故の痕跡をそのままにしてる車を探しました」
 カローラフィールダーなど、この小さな街でも数多く走っている。
近隣ともなるとたいした数だ。それを虱潰しに調べたというのか。
その辺りの経緯を今は聞いてる暇はないし、飛島も答える気はないだろうから、和路は先を促した。
「石月診療所、ご存じですか」
「ああ」
「そこの先生が、赤のカローラフィールダーで、娘さんが幼稚園なんですよ」
 由鷹の目が光る。
「知り合いに腹痛になって貰って、この前診察を受けてきて貰ったんですけどね。
家政婦さんだと先生が言った若い女性が、早姫さんそっくりだったそうです。
……ぼっちゃん、ひとりで行かないでくださいよっ」
 入り口に向かって歩き出した由鷹を、飛島が慌てて止めた。
「俺も一緒に行きます」
 由鷹は黙って頷いた。
 相当怒ってるな……飛島と和路は、苦笑いした。

 がちゃ、と診察室のドアが開いた。
「もう午前の診察は終わりましたが……」
 カルテから顔を上げて、拓人は目を細めた。
 眼鏡をかけた鋭い美貌の若者。知らない顔だ。
「早姫は?」
「は?」
「早姫はどこにいる」
 瞬間、彼が『さくら』を取り返しに来た、と直感する。
「……なんの話でしょう?」
「とぼけてもダメですよ、先生。ちゃんと事故の証拠は、確保しましたから」
 のんびりした声と共に、診察室の奥から一人の男が現れた。後ろに『さくら』を連れている。
「なっ……どうやって……?」
 診察室の奥はそのまま自宅につながっている。玄関と診察室以外、自宅に入る方法はないし、
自宅は鍵をかけてある。セキュリティもつけてあるのに……。
「どうやって中に入ったかって?うんまぁ、世の中には色々な特殊能力が存在するんですよ」
 飛島はのんびり言って、後ろにいる『さくら』を見た。
「ぼっちゃん、どうやら早姫さんは記憶喪失になってるみたいですね」
「記憶……喪失?」
 由鷹が眼鏡の奥の目をひそめる。
『さくら』は、突然現れて自分を連れだした男と診察室で自分を待っていた男に、戸惑っていた。
一人は明らかに、ロケットの中の写真の男性だ。
おそらく、自分を捜していただろう人……自分が大切に想っていた人……だけど、その記憶は全くと言っていいほど戻らない。
 泣きそうになっている『さくら』に、由鷹がゆっくり近づいた。
「早姫……俺のこと分からない……か?」
 そっと、大きな手が頬に触れる。その優しいぬくもりに、『さくら』は泣き出した。
「ごめ……なさっ……」
 思い出せなくてごめんなさい……。
 こんなに思い出したいのに……苦しいのに、思い出せないなんて。
 ぽろぽろ流れる涙を指でぬぐって、由鷹は早姫を抱きしめた。
「……思い出せなかったら、また俺のこと覚えればいい。
また、好きになってくれたらいいから……お前が生きてるだけで、よかった……」
 生きてる限り何度でも、「好き」だと言わせてみせるから。
 そう言って、早姫の口唇をふさいだ。

 ゆっくり口唇が離れて、『さくら』は忙しく瞬きをした。
「……ゆたかさん?」
「早姫?!」
「由鷹さん、わたし……」
 は……ため息をついて、由鷹がしゃがみこむ。
「っだぁ〜、よかった……記憶が戻って」
「ごっごめんなさいっ心配かけてっ!」
 慌てて同じようにしゃがみ込んで、早姫が言った。
「……死ぬかと思った」
 早姫が居なくなって。
 由鷹はもう一度、早姫にキスをした。
「……あーもう、ラブシーンは家に帰ってからにしてもらえないですかねっ」
 飛島が顔を背けたまま、呆れたように言う。
 くす、と笑い声にそっちを見ると、拓人が仕方ない、という顔をしていた。
「……いずれ、彼女の記憶が戻ったらこうなるって分かってたのに……」
「早姫さんの携帯、返してもらえますかね、先生」
 飛島の言葉に、デスクの引き出しから、
早姫が事故に遭った時に持っていた携帯と大学の学生手帳を取り出す。
「少しでも彼女の記憶が戻るのが遅くなるといいと思って、隠してたのになぁ」
「そういう小細工は、通用しませんから」
 彼女の荷物を受け取って、飛島は微笑んだ。

 警察、青嵐会と迷惑をかけた人たちに挨拶をして、堤夫妻と貴弥とも再会を果たすと、早姫は末武家に顔を出した。
「貴弥が半泣きだったから、向こうにいてやればいいのに」
「うん……お父さんが、由鷹さんと一緒にいたらいいって」
 物わかりのよすぎる彼女の父親には、相変わらず敵わない。
「早姫、おいで」
 由鷹は早姫を抱きしめた。
「2週間離れてたからな。2週間分抱くぞ」
 ぎゅ、と強く抱きしめられて、早姫は、ここに帰ってきた、と実感した。




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40万hit記念SSは、以前のアンケートで同率1位だった由鷹と早姫です。
ちょっと長い話になってしまいましたが……こういう事件的なお話もアリかなと。
久々なので、最初人物紹介的な文章をあちこちにいれたんですが、あまりに長くなってしまったので
はしょりました。分かりますよね……?みなさん(ドキドキ)
しかし由鷹も大概、砂吐きますね(爆死)
40万hit、みなさんありがとうございましたっ!

鹿室 明樹 拝


この2人のお話が大好きです。
記念作品をたくさん配布して下さっているのですが、お気に入りのこの2人の作品だけを、
いつも頂くわがままをお許し下さい。

鹿室様のサイト【GLACIAL HEAVEN】様へは「Link」や「Gift」ページにリンクがあります。
素敵な作品に出会えますよvv 是非どうぞvv