First Love


「早姫ちゃん?」
 名前を呼ばれて振り返った早姫は、懐かしい顔をそこに見つけて、顔をほころばせた。
「新谷(にいや)さん」
「久しぶりだね。最初見違えたよ」
 新谷晃司(こうじ)は笑顔で早姫に近づいた。
「お久しぶりです」
「本当だね。最後にあったのは、早姫ちゃんの中学の入学式だったからね」
 今いくつだっけ?といいながら、晃司は早姫の隣にいた由鷹に目を向けた。
「早姫ちゃんのお友達かな?」
 早姫は由鷹を気にしながら、小さく頷いた。頬を赤らめた早姫に、晃司が敏感に反応する。
「……もしかしたら、彼氏?」
「えっ、なんで分かるんですかっ」
「分かるよ。早姫ちゃん、顔に書いてある」
 くすくす笑って、改めて由鷹に向き直った。
「初めまして。僕は新谷と言います。早姫ちゃんのお父さんと僕の父親が古いつき合いで、早姫ちゃんも子供の頃から知ってるんだ」
「末武由鷹です」
 由鷹は短く答えた。
「それにしても、早姫ちゃんに彼氏ねぇ。僕もおじさんになったもんだよね」
「何言ってるんですか。新谷さん、まだ20代じゃないですか」
「もう30だよ。昔は早姫ちゃんがお嫁さんになってくれるって言ってたから安心だったけど、さすがにこの年になると、真剣に考えないとって感じだね」
「そっ、そんな昔の話、出さないでくださいよっ」
 早姫が慌てて言う。ちらり、と由鷹が視線を反らした。
「……早姫、オレ本屋行ってくるから。ゆっくり話してろ」
「え?あっはい」
 後ろ姿を不安そうに見送った早姫に、晃司は声をかけた。
「もしかして、ヤキモチ妬いた?彼」
「ええっ?まさか、そんな」
 あり得ない、とは言い切れなかった。

 本屋のガラス越しに、通りで立ち話をしている二人の姿がよく見える。
 由鷹は本を探しながら、何度もそっちに視線を投げた。
 柔らかな視線で早姫を見下ろす晃司と、楽しそうな笑顔の早姫。
 一目で分かる、ゼニアのスーツをさりげなく完璧に着こなしている晃司は、立ち居振る舞いもいいところの坊ちゃんという感じで、好青年だ。
子供の頃からのつき合いだと言うが、どの程度のつき合いなんだろう?早姫の態度から見ると、かなり親しそうだが。
 自分の知らない早姫を知っている男が、すぐそこにいる。
それはやっぱり、異質な感じだった。
 さっき晃司が言った「お嫁さんになってくれる」という言葉も、気になる。
 子供の頃の話だとは言え、面白くないのは当然だ。
 早姫は多分、由鷹が初めて付き合った男だろう。
 残念ながら由鷹はそうじゃない。
中学の時には経験済みだったし、正確に数えたことはないが、誘われて一度だけ寝た女まで入れたらとんでもない数になる。
 早姫には絶対言えないが。
 だけど恋愛は結婚と違って束縛される訳じゃないから、一度に何人もと付き合ったりしなければ、どれだけ経験したって、別に構わない、と由鷹は考えている。
恋愛って多分、本当に大切な人を見極めるための「お試し期間」みたいなもんだろう。
 そんな由鷹でも、やっぱり早姫の初恋は気になるし、早姫の周りの男が気になる。
 自分のことは棚に上げて、ゲンキンだよな、とは思うけど。
 早姫がヤキモチを妬くかどうか知らないが、大抵の男は彼女の周りの男や過去の恋愛に、嫉妬する幼稚な生き物だと思う。
 だけどあからさまにそんな態度を取るのは子供っぽい気がして、由鷹は気のないフリをするのが精一杯だった。

「由鷹さん」
 由鷹は雑誌から顔を上げた。
「新谷さんが、よかったら今夜、食事を一緒にどうですか?って」
 思わず、僅かに眉をひそめた。敏感に気づいた早姫が、心配そうな顔をする。
「いや?」
「嫌っていうか……オレはいいよ」
 由鷹はうまい言葉が見つからず、そう言った。
「早姫が行きたかったら、行って来たらいい。久しぶりに会ったんだろ。
新谷さんもゆっくり話したいかも知れないし」
 本当はそんな気サラサラないくせに、そんな建前がすらすら出てくる自分が驚きだった。
「でも……」
「オレは、樫原が待ってるかも知れないから」
 それきり口をつぐんだ由鷹に、早姫は困ったような視線を向けたが、しばらくしてまた本屋の外に走っていった。
 はあ
 大きなため息が出た。

 早姫1人で戻ってきたのを見て、晃司はかすかに笑った。
「いかないって?」
「うん」
 そっか。タバコをくわえて、晃司はちらり、と本屋に視線を向けた。
立ち読みをしているような由鷹。だけど、内容なんか頭に入ってないだろうな。
「じゃあ早姫ちゃんだけでも行く?」
「由鷹さんにもそう言われたんだけど……やっぱりやめときます」
 晃司は少し目を細めた。
「なんで?別に構わないんだろ」
「うんでも……由鷹さんがいかないなら、やめときます」
「そっか」
 晃司はあっさり引き下がった。まぁ、仕方がないかな。
「やっぱり、ヤキモチ妬いてるっぽい?」
「だったらいいなって、思うんですけど」
 早姫は、晃司の知らない顔で笑った。多分、由鷹を想う時に自然に出る笑顔。
「……じゃあまた今度、改めて誘うから、その時は予定空けといてよ」
「あ、はい」
 まさか早姫に振られるとは思わなかった。晃司はそう思いながら、早姫に背を向けた。
(子供の頃は、僕の後ばかりついてきてたくせに)

 レジで会計をしていたら、隣に人の気配がした。
「いかなかったのか?」
 そっちを見ないで言う。
「由鷹さん行かないのに、他の男の人と二人で食事は出来ないもん」
「別にいいのに」
「わたしはよくないって思ったの」
 本屋を出て、早姫がぎゅ、と腕を掴んだ。
「ん?」
「由鷹さん、もしかして、ヤキモチ妬いた?」
 目をきらきらさせて、なんか期待してるみたいだな、その顔……由鷹はちょっと顔をしかめた。
「オレの知らない早姫を知ってる男なんて、面白いわけないだろ」
「子供の頃の話なのに」
「それでも。早姫はあの人が初恋なんだろ?」
 早姫はきょとん、とした。
「さっき『お嫁さんになる』とかって言ってただろーが」
「ああ。えっとでも、ほんとに小さい頃だよ?小学校上がる前とか」
「それでもやっぱり、あの人のことが好きだったってことだろ」
「多分」
「多分」でも肯定されると、面白くないんだけど。
「多分……ね」
「でも、その頃の感情なんか、思い出せないし」
 早姫は、由鷹にこっちを向いて貰おうと、一所懸命になった。
「好きって言っても、家族と同じような感じで……その頃わたしは一人っ子だったし、きっとお兄ちゃんみたいな感覚だったんじゃないかなって」
 それに。早姫は一息ついて言った。
「わたしの初恋は、由鷹さんだもん」
「は?」
「ちゃんと、男の人を意識して好きになったのは、由鷹さんが初めてだもん。
だから、初恋は由鷹さんなの」
 反応を待っている早姫に対して、由鷹は何も言えない。そのまままた、顔を逸らした。
「由鷹さん?」
「…………」
「ねえ、由鷹さんってばっ」
 どんな顔をしてるのか見ようと回り込んだ早姫を、由鷹の大きな腕がぎゅ、と抱きしめた。
 それは抱きしめたと言うより抱かえ込んだと言った方がいいような感じで、早姫は慌てた。
「やだっ、顔が見えなーいっ」
「見なくていいっ」
 まったくオマエは……由鷹のため息が頭の上から降ってくる。
「オマエ、どこまでオレを惚れさせたら気が済むわけ?」

 長いキスの後、普段の彼に戻った由鷹が、思いついたように言った。
「今度、早姫の子供の頃の写真、見たいな」
「えーっ……恥ずかしいよ」
「オマエは、オレの子供の頃の写真、かあさんに見せて貰ってんじゃねぇか」
 美園がこっそり、由鷹の子供の頃の写真を早姫に渡したのは、知ってるんだ。
「うー、だって……」
「なんかやっぱり、オレが知らない頃の早姫って、気になる」
「でも、由鷹さんは、誰も知らないわたしを知ってるじゃないですか?」
 くすくす笑って、無邪気に言う。

 どうやら今日は、早姫に敵わない日らしい。



 拍手でリクエスト頂いた由鷹のヤキモチ書いてみました!
 ヤキモチになってるでしょうか?
 ヤキモチと言うより、早姫に振り回される由鷹?これはこれでオイシイかも(笑)
「オマエ、どこまでオレを惚れさせたら気が済むわけ?」が決め台詞ですw
 30000hit記念にまたしてもこの二人を持ってきてしまいました……。

 08.08 鹿室 明樹

この2人のお話が大好きです。
鹿室様のサイト【GLACIAL HEAVEN】様へは「Link」や「Gift」ページにリンクがあります。
素敵な作品に出会えますよvv 是非どうぞvv