彼女と浴衣と、彼女のキス
夏休みのある日の午後、由鷹と早姫は晴嵐会本部ーー稲葉家にやってきた。
毎年恒例・晴嵐会の納涼会が行われるのだが、組長である稲葉和路(かずみち)が、「由鷹の彼女に会わせろ」というので、早姫も出席することになったのだ。
が。
到着した早々、早姫は玄関で待ちかまえていた美弥子に連れ去られてしまった。
「ちょーーーっと待ってなさい、由鷹」
にやにや笑いながら早姫を連れて行く美弥子は、不気味だ。
「なんなんだ、あいつ」
「まーまーぼっちゃん、一息ついてください」
飛島が笑いながら居間に案内する。
「オマエ、なんか知ってるな?」
「姐さんには逆らわない方が、ぼっちゃんも楽しめると思いますよ?」
なんだそれは。
「あら由鷹、いらっしゃい」
入ってきたのは、晴嵐会組長夫人、稲葉美園(みその)だ。
「かあさん久しぶり」
「あんた、彼女連れてくるんじゃなかったの?」
「美弥子に拉致られた」
「あら」
麦茶を入れながら、美園は笑った。
「それは残念ね。でも、あんたの彼女、美弥子お気に入りみたいじゃない」
「勘弁してくれっつーの」
そこへ、美弥子の賑やかな声が近づいてきた。
「ねぇねぇ由鷹ー。見てよ!」
「んだよ……っ」
ドアが開いて振り返った由鷹は、思わず持っていたグラスを落とすところだった。
「かーわいーでしょー」
美弥子の後ろで、浴衣姿の早姫が、恥ずかしそうに立っている。
薄いピンク地に撫子模様の浴衣、ラベンダー色の帯に、珍しく髪をアップにした早姫は、いつもより数段きれいだ。
「由鷹?なんか言ったらどうよ」
「え?ああ……うん。かわいい」
素で言った由鷹に、早姫が顔を赤くした。
「ねー。やっぱり納涼会ったら浴衣でしょ。樫原さんに頼んで、仕立ててもらったのよ」
最近流行りのレース袷やレース帯じゃないところが、樫原の見立てだと納得行くが、反対にそのほうが早姫に似合うとも言える。
「あらぁ、いいじゃない」
「さすが樫原さんですね」
美園と飛島も目を細めた。
「美弥子のお気に入りなの分かるわー。かわいいー」
「でしょでしょでっしょー」
「早姫さん、こちら、うちの組のおかあさんです」
「初めまして早姫さん。稲葉美園です」
「は、初めましてっ。堤早姫ですっ。皆さんにはお世話になりっぱなしで……」
早姫が恐縮して頭を下げる。
かわいいわねぇ。もう一度呟いた美園に、由鷹たちは苦笑いした。
由鷹は目を眇めて、会場を見回した。
早姫は、美弥子に連れ回されて、殆ど一緒にいられない。
まぁ美弥子が一緒なら、変なこともないだろうが……それにしても、浴衣姿の早姫を大勢の目に晒すと言うことが、これほど苦痛だとは思わなかった。
「それは嫉妬って言うんですよ」
とかしたり顔で言う飛島を、ぶっ飛ばしたい。
「美弥子が連れてるのが、お前の彼女か?」
「おやじさん」
由鷹は和路に目を向けた。
「お前にしたら、上出来なお嬢さんじゃないか」
「……それ褒めてんの?」
「いいから、紹介してくれ」
由鷹は早姫を呼んだ。緊張している早姫に、和路は柔らかな笑顔を向ける。
「はじめまして、お嬢さん」
「あっはじめましてっ。堤早姫です」
「晴嵐会代表の稲葉和路です。息子達がお世話になったそうで」
「いえっそんなことっ」
「弟さんの容態はいかがですか」
貴弥の事に話が及んで、早姫はちょっと表情を和らげた。
「ありがとうございます。随分落ち着いて、手術も受けられそうです」
「それはよかった」
それから和路は、ちらり、と由鷹を見た。
「由鷹が好きになった女の子ってことで、周りが興味津々だと思いますが。
まぁ、気にしないでください。みんな、由鷹がかわいいだけなんですよ」
くすくす笑う声に、早姫も思わず笑顔になる。
「しかしまぁ、美弥子や樫原が気に入るのが分かるな。本当にかわいらしいお嬢さんだ」
「おやじさん、もういいだろ」
由鷹がイライラして声をかけた。これ以上、早姫に何か吹き込まれるのはゴメンだ。
「ああ。どうぞゆっくりしていって下さい」
早姫はぺこり、と頭を下げて、はあ、と息をついた。
「緊張した……」
「お疲れさん」
「なんだか、イメージしていた方と全然違います」
「まぁな。普通にしてたら、あの親子はその辺の一般人と同じだ」
まだ由鷹の父・鷹のほうが、結構強面で恐いかもしれない。
「さ〜当初の目的はすんだし、帰るか?」
「え、いいんですか?」
「いつまでもいたら、帰れねぇし」
「あ、ぼっちゃん。ちょっとよろしいですか?」
赤坂に声をかけられて、由鷹はあからさまに舌打ちした。
「ちょっと待ってろ」
「はい」
早姫は傍の壁にもたれた。
突然喧噪の中から現れたその女性は、人なつっこい笑顔をむけた。
「ねーぇ?あなたが由鷹の彼女?」
「あ……はい」
「ふうん」
切れ長の綺麗な瞳で、じろじろと早姫を眺め回す。
「あたしは真絹(まきぬ)っていうの。よろしくね」
「あ、堤早姫です」
「早姫さんね。これ、どおぞ」
と手に持っていたグラスを渡されて、早姫は大人しく受け取った。
く、と口を付けた時、
「あーーーーーっ!真絹さんダメですっっっっ!」
飛島の声が飛んで、一瞬、辺りがしん、となる。
(え?)
と思った瞬間、早姫はくらり、とめまいのような感覚に襲われた。
「え?ええっ?ちょっと早姫さんっ?」
「早姫さんっ!」
「早姫っ?!」
慌てて真絹が体を支えてくれたのだけは、覚えている。
「真絹ーーーー!お前アホかっっっ!」
怒鳴っているのは、由鷹ではなく和唯。
真絹は肩をすくめた。
「だ、だってだって!あんなオトナっぽいのに、未成年なんて思わなくてっ」
「飲ませるなら、確認してからにしろっ!相手は素人さんなんだぞ?!」
「でもでもっ。お兄ちゃん、由鷹の彼女が未成年って、言わなかった!」
「……つーか、オレも未成年なんだけどよ」
由鷹が不機嫌に言う。
「はー、しかし、カクテル一口でダウンですかー」
「飛島、感心するところじゃねぇだろ」
「だって由鷹の今までのオンナ、みんな年上だったしぃ」
「……オマエも、そこツッコミどころじゃねぇしっ」
ぱち、と早姫が目を開けて、パタパタとうちわで扇いでいた由鷹は、ほっとした。
「早姫、大丈夫か?」
「……あーゆたかさんだー」
まだぼんやりと、宙を浮いているような声で早姫が言う。
「早姫?」
す、と早姫が腕を伸ばして、由鷹の頬に触れる。
戸惑っている由鷹をそのまま引き寄せて。
ちゅ
早姫の口唇が、由鷹のそれに触れた。
「ーーーーーー!!!!!」
いきなりのことに、由鷹の顔は真っ赤だ。
するり、と腕が離れたと思ったら、早姫はまた、目を閉じてしまった。
……ちょっと待ってくれ。
呆然としていた由鷹は、はっ!として周りを見回した。
真っ赤になって動揺している由鷹を面白そうに見物していた和唯、真絹、飛島が、慌てて視線を逸らす。
沈黙。
由鷹ははあ、とため息をつくと、早姫を抱き上げた。
「飛島、送ってってくれ」
目を覚ますと、見慣れた末武家のリビングが飛び込んできた。
(あれ……?なんで……)
「目が覚めたか」
由鷹の声にそっちを見ると、不機嫌そうな彼がソファに座っていた。
「由鷹さん……あれ?どうして……」
「オマエ、真絹に酒飲まされてダウンしたんだよ」
「お酒?」
あの時手渡されたグラスが、お酒だったんだ……。
「目ェ覚めないから、飛島に送ってもらった」
「そ、なんですか……あの」
「あ?」
「わたし、何かしました……?」
由鷹の態度がいつもと違うので、早姫はおそるおそる聞いた。
「……キスされた」
「えっ?誰にですか?」
「早姫に」
「えええっ?」
早姫は今更に赤くなった。はっきり言って、覚えてないしっ。
「ほ、ほんとに……?」
「ほんとに」
由鷹は腕を組んで、真っ直ぐ早姫を見つめた。怒ってるのか呆れてるのか、その表情から読みとることが出来なくて、早姫はどうしていいか分からない。
くっ、と、由鷹がいつものように笑った。
「酔うと早姫は、キス魔になるのかもな」
「えっ?」
「ちょっと、酒は飲ませられないな」
近づいて、軽くキスをする。
「早姫」
「は、い?」
「オレに火付けた責任、ちゃんと取ってくれるんだろうな?」
メガネの奥の目が、意地悪に光った。
キスをしながら、解れてきた髪の毛を由鷹の綺麗な指がかき上げた。
「……なぁ早姫」
「はい?」
「オマエさ……もしかして、浴衣の下って、何も付けてない?」
さっき抱き上げた時から、気になっていた事を聞く。
早姫がぽ、と赤くなった。
「……あの、樫原さんが……浴衣の下は何も付けないんですよって……」
「まぢかよー樫原っっ」
そんな状態で、美弥子が彼女を連れ回していたかと思うと、今更に腹立たしい。
「も〜浴衣禁止だっ」
「そ、それは……ちょっと」
さみしいかも……と言いかけた口唇を、もう一度ふさがれる。
「……んんっ」
「そんな危ねー恰好で、オレ以外の男の前歩くんじゃねぇ」
そう言いながら、袷から手を入れて浴衣をはだける。
そのまま直に触れる肌が、熱い。
帯はしたまま、肩から胸にかけてはだけられてしまって、
イケナイことをしているような気分だ。早姫はいつもよりドキドキした。
「んっ……ああっっ……やっ」
すべらかな肌を由鷹の指と口唇がなぞる。ゆっくり丁寧な愛撫。
「早姫……」
「はっ……い……」
「早姫は、オレだけのものだから」
由鷹が囁く。
「他の男に、触れさせたりすんなよ」
分かった?ときつく胸元にキスをされて、早姫は甘い声を上げた。
「は、い……んんっ」
由鷹の指が、早姫の中心に触れる。
「はっ……んっ」
「早姫、すっげ濡れてる」
「やっ……」
そんなことない……と言おうとした先の耳に、くちゅ、と由鷹の指が入り込む音が聞こえた。
「な?」
な?じゃないしっ。早姫は由鷹を睨んだ。
「やだっ……も……んぁあっ」
「早姫のココは、イヤとか言ってないけど」
指を飲み込む感覚に、由鷹は小さく笑った。
「んっ……ああっ……ゆ、たかさ……っ」
「欲しい?」
早姫はこくん、と頷いた。こんなにエッチな体をしてるのに、
そういう時の早姫は汚れ一つないような綺麗な顔をしていて、それが由鷹をまた熱くする。
「はっ……んあぁぁぁぁっっ!」
根本まで突き上げて、一瞬呼吸を置く。じゃないと、早姫の中はヤバイ。
「んっああっあああっんっ……くぅんっっっ」
早姫の甘い吐息が、リズミカルに耳元で弾けるのを聞きながら、由鷹は高みに上り詰めていった。
「っ……早姫っ」
「はっ……あっ……ゆ、たかさんっ」
何かがはじけ飛んで、どこまでも落ちていくような感覚。
充実感を感じる瞬間。
結局、中途はんぱに浴衣を纏ったまま、してしまった。
早姫はため息をついて、袷をあわせたり、
身八つ口から手を入れたりして直そうとしたが、無理そうだった。
「いいじゃん、着替えれば。どうせ泊まってくんだろ」
由鷹はあっけらかんと言う。
「しっかし……それ、えっちぃ恰好だよな」
「だ、誰のせいだとっっ」
早姫が睨み付けても、由鷹は涼しい顔だ。
「さーきっ」
「なんですか?」
「キスして」
早姫はためらった後、由鷹の口唇と自分の口唇を重ねた。
10000hit記念SSですw
書きたかったのは浴衣と「早姫からのキス」(笑)
お酒に酔って、というのが、由鷹には不意打ちでいい感じではないかと(笑)
たまには動揺させないとね、この男はw
由鷹と浴衣の打ち間違いに悩まされました(笑)
鹿室 明樹
大好きな作品【struggle girl】の番外編になります。
本編は鹿室様のサイト【GLACIAL HEAVEN】様でどうぞv
「Link」や「Gift」ページにリンクがあるので、すぐに飛べます。
素敵な作品に出会えますよvv 是非どうぞvv
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