――― 一期一会 ―――
それは生涯でただ一度の出会いの時


*** 一期一会(いちごいちえ) ***



「ママ〜。これなあに?」
娘の(あんず)が手にしたアルバムから1枚の写真が落ちた。
妻の(あおい)がそれを拾い上げふっと微笑み、
見て右京(うきょう)と俺に写真を差し出してくる。
なんだ?と細い腰を抱き寄せるようにして後から蒼を腕に閉じ込めると
肩越しに蒼の手にとった写真を覗きこむ。

そこには懐かしい笑顔…。

「ああ、懐かしいな。もう、随分前の写真だな。」

あの日がなければ、今の(あきら)は無かった…

あの出会いが晃にとっていいことだったのか俺には今でも分からない。

でも、全てはあの日から始まったんだ。


+++++     +++++     +++++


今日あいつがアメリカから帰ってくる。


俺の幼馴染で一番の親友。高端 晃。
あいつと会うのは何ヶ月ぶりだろう。
最後に帰ってきたのは今年の正月じゃなかったか?
ああ、そうだ、あの時久しぶりに帰った晃に近況報告した俺は
馬鹿笑いされたんだっけ?

『右京がひとめぼれ?マジで?しんじらんねー!』

年末に見かけた女の子に一目ぼれしたって話をしたら
あいつは息も絶え絶えに笑いやがった。
俺が恋をしたのがそんなに信じられないってか?
確かに…自分が女に恋するなんて俺自身考えられなかったけどさ。
でもしょうがないじゃないか。天変地異が来るとでも何とでも言え。
好きになってしまったものはしょうがない。

あいつこそ、初恋か何かしらないが、
妙なことにこだわってアメリカまで行っちまった
ばかやろうじゃねえかよ。

晃は俺より二つ年上だ。
いや学年は二つだが正確には1年と2ヶ月と12日だ
夜の闇より深い漆黒の癖の無い髪。それと同じ色の瞳の俺とは対照的な晃は、
陽に透けると沈む夕日を思わせる
紅い茶色の癖毛に色素の薄い琥珀色の瞳をしている。
昔から太陽と月みたいな兄弟だってよく言われたっけ。
兄弟じゃないんだけどさ…。
あいつとは親同士が仲良くて幼い頃からよく一緒に過ごす事が多かった。
それこそ兄弟みたいに育った。
兄弟のいない晃にとって俺は弟みたいなものだったんだろう。

俺たちはいろんなことを相談しあってきたし、
何があっても互いの事は一番分かっていた。


少なくとも俺はそう思っていたんだ。晃があの爆弾発言をするまでは…。








「右京、僕アメリカに行くことにした。」

晃が突然言い出したのは、中学3年生の6月、
晃が15歳の誕生日を迎える数日前だった。

「ヘ……?」

突然のことに俺の脳は思考をフリーズし、
再起動までには暫く時間を要したくらいだった。

「どこに行くって?」

ようやく晃の言った言葉を理解した俺はもう一度確認するように問い掛ける。

「うん、だからね。9月からアメリカのハイスクールに留学しようと思ってるんだよ。」

9月からって…夏休み明けからか?
…って、学校どうするんだ?
俺の考えが手に取るように分かるんだろう。
晃は俺が質問する前に答えてきた。

「学校はやめるよ。アメリカで大学まで進む。
出来るだけスキップして早く学位を終えて、一日も早く医者になりたいんだ。」



…マジかよ、何急いでんだよ?



「中学校卒業してからでもいいんじゃねえか?なにあせってんだよ。
そりゃお前はすっげー頭がいいけど、何もアメリカ行かなくても、
この辺の医大の付属の高校とか頭のいいとこ行けばいいじゃん」

「それじゃ遅いんだ。間に合わない。僕が医者になるのを待っている人がいるんだ」

晃の言葉に思い当たる節がある。例の女の子か。
名前も知らない子だっていうじゃないか。
珍しいよな、晃がこんなに物事に執着するなんて。



晃は昔からあまり執着心が無い。
幼いころから「これ貸して」って言えばたいていの物は「はい」って貸してくれたし、
お菓子だってお弁当だって分けてって言えばいつだって分けてくれる子供だった。
おもちゃの取り合いなんてしてるところは見たことも無かったし、
みんなが集めているカードだって、言えば何だって交換してくれた。
一番心を許している俺にさえ絶対に譲らないと言うほど
執着してる物が晃にあった記憶は無い。

だけど、晃が4年生のころからひとつだけこだわり続けていることがある。
一人の少女と約束したという医者になる事に関してだ。
将来の夢を持つのはいい。だがあいつの場合半端な覚悟じゃない。
小学校の卒業文集で
『僕は将来医者になります。
そして、たくさんの病気で苦しんでいる人たちを救います。』
って書きやがった。
『なります。』だぜ。『なりたい。』じゃなくてさ。
小学生で言い切るなよ。ったくお前はすげえよ。

普段こだわりの無いやつがこだわると怖いってわかったけどさ、
そこまで急がなくてもいいんじゃねえかなって思うんだ。
でも、晃は譲らなかった。

『理由なんてわからない。だけど、何かが僕を急がせるんだ。
早くしなくちゃ間に合わないって。』

晃はそう言って何かに突き動かされるように、そう。
まるで導かれるように、真っ直ぐに自分の道を突き進もうとしていた。




あのころはその事実が俺にはとても眩しく思えて、
親友に取り残されていく焦りみたいなものを感じていた。
俺には強く望む未来なんてなかったからな。

晃の信念は本物で誰が何を言っても聞かなかった。
晃んちのおじさんもおばさんも、学校の先生もみんなで晃を説得したけど、
晃は何を言っても譲らない。
それどころか根気強くおじさんを説得して、
とうとう最後には自分の意思を貫いてしまった。

正直誰も賛成すると思っていなかったし、この話が実現する確率は隕石に頭を
ぶつけるくらいのものだろうと踏んでいた俺は、
晃が留学した時、正直隕石ってどこにでも転がってる物なのかもしれないと、
馬鹿なことを考えたのを覚えている

ほんと、お前の意志の強さには脱帽だよ。

あの日まではお前の事何でもわかっているつもりだったけど、
こんなに執念深いなんて知らなかったって言ったらお前は怒るのかな?




あれから4年。あいかわらず凛と真っ直ぐに自分の道を見詰めている晃に俺は
以前から隠していたことをまだ伝えていない。

俺もあれから自分を見つめて、自分の進むべき道を見つけたんだぜ。
少しずつだけど評価ももらっている。
これを話したらお前はまた、右京らしくないって大笑いするんだろうな…。
晃は本当に笑い上戸だからなあ。

でも、まあいいか。俺が真剣に自分と向き合えるようになったのは晃のおかげだ。
しっかりと自分の道を切り開いて歩いていく二つ(ということにしておいてやる)
年上の親友に負けたくなかったからこそ、今の俺があるんだ。

なんて、本人には絶対に言えねえけどな。これでも感謝してるんだぜ、晃。

今日はまだ、内緒にしておこう。俺が自分の道を見つけたこと。
これからはずっと日本にいるんだから時間はたっぷりあるんだ。
いずれ、ゆっくりと話してやるさ。

それより…

「なあ、晃。今夜暇か?」

まあ、暇だろうな。日本に帰ってきたばかりの晃が
ここでデートだなんて言ったら大したもんだ。
賭けてもいい。絶対に言うはず無いな。

「暇じゃないよ。」

……え?

「なんてね?ウソよん。ヒマヒマ、誘って〜〜♪」

「ビックリした…。ってかオネエ言葉やめろって。きもい。」

「アハハ…。ところで何かあるのか?」

「ああ、今夜夏祭りなんだよ。花火もあるし、…っと、
その、彼女と行く予定なんだけど晃も行かないか?」

「え?でも、彼女と行くんだろう?」

「ああ、でも双子の妹がいるんだよ。
体が弱くてあまり花火とか出た事無いらしくてさ、今年は一緒に行きたいって…。
晃は一応医者の卵って言うか、医大生なわけだろ?
お前なら彼女を任せても大丈夫かなって…。」

「ああ、そういうこと…。まあ、いいよ。
ダブルデートなわけね?双子って、似てるの」

晃が意味ありげにニヤニヤ笑いながら何か言いたそうにしている。
……なんだよ?

「ダブルデートね。そんなところかな?まあ、似ているよ。
区別がつかないほどではないけれどね」

「ふうん、で、僕はその妹を連れ歩いて、
右京達を二人きりにしてあげればいいんだろ? 高つくけど?」

一瞬何を言っているのか分からなかったが、
ようやく晃の意味ありげな笑みの訳が分かってカッと顔が熱くなる。

「ばっ……ばか!何考えてるんだよ?」

「え?べ〜つ〜に〜。何も考えてないよ。
ただ、二人きりになりたいのかなって思っただけで・・・。」

……こいつ、ホントに性格変わってねえ。
ちくちくと真綿で首をしめるように責めてくるんだよな。
墓穴を掘るのを待ってるんだ。くそ!!

「ところでさ右京。その妹ってかわいいの?」

「ああ、もちろん。すっげー可愛いぜ。」

俺がそう言った途端、晃は堪えきれないと言わんばかりに噴出した。

「なっ?なんだよ晃???何、爆笑してるんだよ?」

こいつ…、訳わかんねえ? 俺、何かおかしな事言ったか?

「そっくりな双子で、すっげーかわいい…ねえ?
右京の彼女ってそんなに可愛いんだ。」

…… はめられた……。
馬鹿笑いしながら涙を流している晃に墓穴を掘らされたことに気付く。

「よっぽど惚れてるんだね。
右京の口からそんな言葉聞くことになるなんてさ…あはは、おかしい。
信じられないよ。あーははは…」

晃はひいひい笑いながら涙を流している。クソ…むかつく。

「ふん、笑ってろ。ボケ!はめやがったな?そういうお前だって、
茜に会ったら惚れるかもしれないだろう?」

「あかね?あかねっていうんだ。妹ちゃん。どんな字を書くの?」

「茜色の茜」

「へえ、太陽の名前だね。僕と同じだ。」

「ああ、晃は日の光だもんな。なんかの巡り合わせかもな。」

わざと、流し目をしながら冷やかして言ってみるけど、
こんなんじゃ仕返しにもなりゃしねえ…

「アハハ…。どうだろうね? 
まあ、今日は茜ちゃんとデートだし、少しは縁があったのかもな。
楽しみだね。ところで右京の彼女は何て名前なの?」

晃が屈託なく笑う。本当に憎めない奴だ。

「蒼だよ。」

「蒼ちゃんか。
僕が茜ちゃんじゃなくて蒼ちゃんを気に入ったら右京はどうする?」

……晃がまた、からかっているのはわかっている。
分かっているけど…無意識に晃に蹴りを入れている自分がいた。

晃はひょいと俺の蹴りをかわし、また思い出したように笑い転げ始めた。
蹴りを入れながら晃を追いかける。
まるで子どものように、笑いながら逃げ回る晃を見ていると、
子どもの頃と何も変わっていない自分たちに気付く。
俺たちは一生こんな感じで付き合っていくんだろう。
たとえいつかそれぞれに家庭を持っても、それぞれの選んだ道を歩んでも、
ずっとこうして兄弟みたいに関わりあっていくんだろう。
ぼんやりとそんなことを思っていた。

今夜は蒼に俺の一番の親友で兄貴の晃を紹介しよう。
そして晃に聞こえないようにこっそり言うんだ。俺の人生観を変えた人だよって。
蒼はきっと飛び切りの笑顔で晃を迎えるだろう。
晃はきっと、驚いてから少し照れて、ポーカーフェイスを決め込むんだろう。

茜は…そんな晃をどう思うんだろうか。

ただ一つの約束のため真っ直ぐに自分の信念を持ち、それに突き進む晃と、
命の期限を知り、葛藤しながらも全てを受け入れようとする
強い意志で凛として生きる茜。


二人はどこか似ていると思う。


きっと、今夜は俺たちの新しい形が始まる。そんな漠然とした予感があった。

「今夜は楽しくなりそうだな。きっと晃の運命を変えるほどの楽しい夜になるぞ」

少しオーバーなしぐさで俺は大げさに言って見せた。

「勿論、楽しい夜にするさ。"A once-in-a-lifetime opportunity"今日を楽しめってさ、
日本語で言うと一期一会(いちごいちえ)かな?
今日の出会いが一生を決める時だってあるんだぜ。
出会いは大切にしないとな?」


真昼の太陽のような眩しい笑顔でそう言ったときの晃の顔を
今でも鮮やかに思い出す。

その時は誰もが思っても見なかった。俺も蒼も晃自身さえも…。

まさか本当にその日が晃と茜の運命を変える日になるなんて

二人があんなに刹那的に激しく愛し合うことになるなんて…。



++++++      ++++++     +++++


「茜は幸せだったわね。晃君と出会って恋をして…。」

蒼が何かを思い返すように遠い目をしてつぶやく。

「夢でしかなかったはずの結婚をして、子どもも出来て…。」

その子を抱く事もなく逝ってしまった茜…。
それでもひと時の幸せは確かにあったんだ。

「茜は晃君と出会って、諦めていた全てを手に入れた。短かったけれど、
晃君と出会ってからの茜は本当に、心から幸せだったのよ。
一生の幸せを結婚して晃君と過ごした数ヶ月に
詰め込んだように生きていたと思う。」

蒼が俺の目を見て微笑む。
その姿が在りし日の茜に重なり胸が締め付けられた。

茜・・・お前は幸せだったのか?

写真の茜は恥ずかしそうに晃に肩を抱かれてはにかんでいる。

晃もこのとき茜に一目ぼれしたんだよな…。

俺のことを散々笑った奴が自分も一目ぼれだなんて信じられないと
あの夜は遅くまで二人で飲み明かしたっけ?
思えば高校生の俺に酒を飲ませたあいつって犯罪者じゃねえのか?

懐かしく思い出しふっと笑いがこみ上げて来る。
俺たちってやっぱり似ているよ晃。一生、兄弟と間違われるんだろうな。
俺はそんなことを思いながら思い出の写真を手に取る。


失った時間は優しく、切なく何かを語りかけてくる


茜は確かにこの日、この時。晃に恋をして残りの命を晃に捧げる事を選んだ。

晃も確かにこの日、この時。茜に恋をして残りの時を共に生きる事を選んだ。


晃はあの日、茜に出会ったことを後悔した事は無いのだろうか?


あの出会いが晃にとって必然だったのか……
俺には今でも分からない。



今でも時々思い出す。

あの日二人が出会った光景を……。

晃と茜が瞳をあわせた刹那、確かに時間が止まったあの光景を……。




「ねえ?ママあ…しゃしんみせてえ?」

杏が小さな手を伸ばして、4人で写る写真を見せてくれとせがむ。
俺は杏を抱き上げ、ひざに抱えると蒼の肩を引き寄せた。
蒼が杏に写真を見せてやると杏は嬉しそうに茜を指差して
「あかねちゃんだ〜〜」と言った。
思わず二人で目を合わせ、ふっと微笑む。

いつか杏が大きくなったら二人の恋物語を話してやろう。

短い時を輝かんばかりに精一杯生きた少女の事を。

苦しい恋と分かっていながら彼女を支え愛する道を選んだ勇気ある男の事を。


――― 一期一会 ―――


それは生涯でただ一度の出会いの時

二人の出会ったあの日。すべてはそこから始まった。

刹那を生きた二人の永遠の恋物語が…。






+++ Fin +++








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*** グラビュール管理人砥子さまへ相互リンク記念として ***
この作品はメインサイト『ホタルの住む森』にて完結済みのホタルシリーズ番外編です
(一部年齢制限のある作品はサブサイト『月夜のホタル』でUPしています。(^^;)。
相互リンクしてくださっているサイト様限定で贈らせていただいている作品ですので当サイトではUPしておりません。
砥子さまとの出会いもまた『一期一会』という意味を込めて進呈させて頂きます。
駄文ですがお納め下さい。これからもヨロシクお願いします。

H17.12月4日 朝美音柊花

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朝美音柊花 様へ
相互リンクばかりでなく、記念作品まで頂けて本当にうれしいです。ありがとうございます。
拙いサイトではありますが、どうぞよろしくお願い致します。

砥子拝